地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。
第28回 ケーキ屋だから実現できた、パン屋の働き方改革
それは間違いないと思いますね(笑)。オープン当初なんて、もう毎日びっくりしてましたから。「これ、ケーキ屋のクリスマス時期と一緒の忙しさじゃん」って(笑)。
ケーキ屋で1年で一番忙しい日が毎日続いていた、と(笑)。
ええ、それくらいハードでした。しかもそれだけ忙しいにもかかわらず、利益が全く出ない(笑)。
それはますます過酷ですねぇ(笑)。
そうなんですよ(笑)。それでようやく「これは絶対に何かがおかしいはずだ」と思って、仕事の進め方を変えたりスタッフの働き方改革に着手したりして。
なるほどなるほど。ともあれ素人にはよくわからないんです。パン屋さんとケーキ屋さんって、そんなに働き方が違うもんなんですか?
じゃあイーストが「まだ焼いちゃダメ!」と言ったら、焼くわけにはいかない、と(笑)。
そうですそうです(笑)。イーストの発酵や環境に合わせて働くから、それこそ朝1時とか2時から仕込みを始めなきゃいけないし、夜も日付が変わる頃まで働きっぱなしになるんです。
そんな働き方をしていたら遅かれ早かれ倒れてしまいますよね。それでスギタさんはどうしたんですか?
「イーストたちの働きを、僕がコントロールしてあげればいいんじゃないの?」と思い至りまして。そこからパンのことや発酵のメカニズムなどについてものすごく勉強し始めました。
ふむふむ。つまりイーストにコントロールされる状況から、イーストをコントロールする状況に変えていくってことですね。それで実際はどうでした? ちゃんとコントロールできたんですか?
そうですね。実際の現場では試行錯誤の連続でしたけど、結果的にはうまくいきました。おかげでどんどん出勤時間を遅くすることができまして。今では7時半の出勤でも全く問題なくお店を回せています。
素晴らしいですね! でも1つ疑問なのが、どうしてそれまでそういう意識が生まれなかったんでしょうか。経営者だったらできるだけ短い期間で儲けられた方がいいに決まっているわけで。
たぶん長きに渡って「朝早くに生地を仕込むのが当たり前」だったからじゃないでしょうか。つまり先入観、イメージの問題だと思います。ともあれ、国として「働き方改革」が盛んに推奨され始めたこの数年で、ようやくパン業界も変わってきた感覚はあります。
なるほどなぁ。ともあれそうやってスギタさんはうまいやり方を発明したわけですね。ところで、ちょっと意地悪な質問かもしれませんが、もし時間を巻き戻せるとしたらもう一度パン屋さんを始めますか?
うーん…難しい質問ですね(笑)。そうだなぁ、今のアタマを持ったまま戻れるのなら、やるんじゃないかな。
ははぁ…長年をかけて手に入れた「成功パターン」を持っていけるならいい、と?
はい。でももし何も知らないままの状態で時間を巻き戻すなら、二度とやりたくない(笑)。あんな大変さは、もうごめんです(笑)。
そりゃそうですよね(笑)。とは言え、今の知識や経験があれば、またイチからパン屋さんを作りたいと思えるって素晴らしいことですね。経営者の「あるべき姿」だと思いますよ。
ありがとうございます(笑)。大変ながらもずっと続けていて思うのが、パン屋さんってやっぱり楽しいんですよ。商品開発のサイクルが早いから飽きないというか。
ああ、なるほど。常に新しいアイディアを試していけるわけですね。
そうそう。しかも「自分の考えた商品を形にする」ことがケーキ屋さんよりもずっとやりやすい。そういう面では、働くスタッフにとって大きなモチベーションにつながりますし、面白さの1つでもあると思います。
なるほどなぁ。ケーキ屋さんとパン屋さんの両方を経験してきたスギタさんだからこそ気づける「パン屋さんの魅力」というのがあるわけですね。いやぁ面白いです!
対談している二人
スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役
1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。