第44回 ネーミングの成功を左右する、インパクトよりも大切なこと

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第44回 ネーミングの成功を左右する、インパクトよりも大切なこと

安田

少し前に「高級食パン屋さん」って流行ったじゃないですか。今はもうだいぶ下火になりましたけど、あの頃「そういう店をプロデュースするコンサルタント」というのがたくさん出てきていたんですよね。


スギタ

ああ、そうでしたね。単に高級食パンを出すだけじゃなくて、ブランディングから集客までお手伝いしますよ、みたいな。

安田

そうそう。そんな彼らの手法の中で一番印象に残っているのが「店名」なんです。


スギタ

ああ〜、確かに変わったネーミングのお店がたくさんありましたよね。

安田

本当にね。「乃木坂な妻たち」とか「どんだけ自己中」とか「迷わずゾッコン」とか、本当に店の名前なんだろうかというようなものがいろいろと。もちろんネーミングが大事なのはわかりますけど、さすがにやり過ぎな気がしていて。


スギタ

すごくわかります。僕も当時から気になってました。

安田

ああ、やっぱり。スギタさんも「百年のロールケーキ」とかネーミングの重要性をわかっているからこその商品を作られてますもんね。


スギタ

見た人に気に留めてもらうためには、「ネーミングの違和感」って大切だと思うんです。でも高級食パンの店名は“いい違和感”じゃないというか。

安田

わかります。違和感を感じて足を止めて、「なるほど、だからこの名前なのか」というストーリーが必要なんですよ。ただ違和感だけがあればいいというものではなくて。


スギタ

そうですよね。コンセプトというか、なんでその名前になったのかという背景が大事なわけで。そこが薄っぺらかったり、なんなら存在しなかったりすると、やっぱり遅かれ早かれ廃れていきますよね。

安田

そうなんですよ。まずは思い入れのある商品やサービスがあって、それをギュッと凝縮した「私たちがどういう想いでやっているか」みたいなものがコンセプトになる。それをさらに固めたのがネーミングなので。


スギタ

そこで初めて人の足を止めるための驚きがいるよね、となるわけですよね。

安田

ええ、まさにそういう順番だと思うんです。それが高級食パン店の多くは逆だった気がして。まず足を止めさせるネーミングがあって、足を止めた先には今話題の高級食パンがありますよ、というだけ。


スギタ

ああ、そうですね。そういう意味では、うちがBFIさんと一緒に作った「パルティータ」というブランド名は、僕自身の子どもの頃の原体験がベースになっているわけで、全然違ったものなんですよね。

安田

そうそう。「スギタさんがなぜ仕事にするほどに食べることが好きになったのか」というストーリーが原点にありますから。お父さんがホットプレートで作ってくれる焼きそばが大好きだったというね。


スギタ

そういう具体的なエピソードをわかりやすいストーリーに抽象化して、さらに研ぎ澄ませたものがネーミングですもんね。あのネーミングのおかげで、たくさんの方から「自分たちのお店でもできたらいいな」とか「一緒に盛り上げたいです」と言っていただいて。

安田

おお、それはよかったです。


スギタ

パルティータという名前自体には、そこまで大きな違和感はないと思うんです。「何それ、どういう意味?」というぐらいで。でもそこからその意味を知ると、すごく共感してもらえる。本当に素晴らしいネーミングでした。

安田

ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。


スギタ

その素晴らしいネーミングの裏には、先ほど安田さんが仰ったように「順序」があるわけですよね。

安田

そうですね。まぁそれが逆だったからかどうかはわかりませんけど、結果ブームは終わってしまった。


スギタ

お店が増えすぎたというのも大きかったと思います。あれだけ一気に増えちゃうと、お客さんとしても驚きも新鮮さもないですから。「パンをギフトに」という着眼点はすごくよかったとは思いますけど。

安田

ああ、確かに。食パンだけど1000円くらいしましたもんね。


スギタ

ええ。ちょうどそのくらいの価格帯の手土産って、めちゃくちゃニーズが高いんですよ。うちのお店にも、「1,000円〜1,500円くらいで見栄えもして喜んでもらえるもの」を選んでいかれる方が多いですから。

安田

パンでそういう商品ってあんまりなかったですもんね。


スギタ

そうそう。そして食パンって皆好きなんですよ。1,000円のわりに見た目のボリューム感もあるし。だから着眼点自体はすごくよかったんだろうなと。

安田

自分で買うとなるとちょっと高いな、だからこそもらえると嬉しい、という位置づけでしたよね。ただ、毎回は持っていけないので、リピーターは作りにくかったんだろうなと。


スギタ

1人1回か、せいぜい年1回くらいでしょうね。そこへさらにあれだけ店の数が増えちゃうと。

安田

そうなんですよね。しかも皆「パン屋さんがやりたい」というよりは、「高級食パンは儲かるらしい」と聞いて、昨日まで文房具店だった人が看板を付け替えてやってるような感じだったじゃないですか。


スギタ

まぁ実際そういうケースも多かったんでしょうねぇ。ブームになりかけの頃はまだわかるんですけど、ピークアウトしてもまだまだ増えてましたもんね。「えっ、今出店する?」って驚いたのを覚えてます。

安田

まぁ、センスの問題なんでしょう。新しいことを始めるにも、誰かがやり始めてうまく行って、その後追いした人も結果が出てから、ようやく「うちもやるか」という人が99%ですから。中小企業の経営者さんでも多いと思いますよ。


スギタ

なるほどなぁ。個人的にはあまり共感はできないですけど。

安田

そうですよね。感情的にもそうだし、ビジネス戦略としてもよくないと思いますね。やっぱりうまくいくかわからない時にやらないと意味がない。当たり前ですけど、ある程度のリスクを負わなければ儲からないですからね。


スギタ

今でもSNSの広告で「フランチャイズのパン屋さん」の広告をよく見かけますけど、「年商2億! めちゃくちゃ儲かります!」みたいなことが書かれていて(笑)。パン屋をやってる身からすると、「そんなわけあるか!」と思いますけどね。

安田

それで儲かるのは、そのフランチャイズを買う側じゃなくて、売る側ですよね。結局は提供してる方が儲かるだけなんですよね。

 

 


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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