第44回 困難をカバーするマーケティング手法

この対談について

株式会社ワイキューブの創業・倒産・自己破産を経て「私、社長ではなくなりました」を著した安田佳生と、岐阜県美濃加茂エリアで老舗の葬祭会社を経営し、60歳で経営から退くことを決めている鈴木哲馬。「イケイケどんどん」から卒業した二人が語る、これからの心地よい生き方。

第44回 困難をカバーするマーケティング手法

安田
前回のお話では、ブラックボックスだった葬儀の価格を『のうひ葬祭』さんがいち早く明示したことで、他社と差別化ができて知名度もあがったということでしたね。でも、それを見てライバル会社が真似してきたりしませんでした?

鈴木
そうですね、だいたい3〜4年ほどで他社に真似されるようになりました(笑)。
安田
やっぱり(笑)。それでも3〜4年は大丈夫だったんですね。ネット社会の今だったら、翌月にはもう真似されちゃいますよ(笑)。じゃあチラシに価格を載せる戦略の次は、どんな一手を用意したんですか?

鈴木
「勉強会」をやり始めました。
安田
へぇ。それは誰に向けたものですか?

鈴木
入院患者さんのご家族とか、余命宣告された身内がいる方とかですね。というのも、お葬式っていろいろな儀式の中で唯一、本人不在で行われるものなんですよね。つまり「送る側」との接点が大切になる。
安田
ああ、なるほど。確かにそうですね。ちなみにその勉強会って、どんな内容だったんですか?

鈴木
前回もちょっとお話しした、チラシの裏で連載していた「葬儀の知識」のコンテンツの勉強会です。「亡くなったらまず何をするのか」とか「ご自宅では何を用意するべきか」といった実践的なお話から、「葬儀屋には夜中でも電話していいの?」といった疑問解消まで、多岐にわたっていましたね。
安田
ははぁ。私も親を亡くした経験があるから夜中でも電話して大丈夫だと知っていますが、その経験がない人は「朝まで待った方がいいのかな」なんて思っちゃいますよね。

鈴木
まさにそういう方が多いんですよ。でも僕らにとっては365日24時間いつでも電話を受けるのなんて当たり前。だからそういう「葬儀屋にとっての常識」というようなことも、勉強会ではお伝えしていました。
安田
当たり前って仰っていますが、実際のところ、本当に良いんですか、いつ電話しても?(笑)

鈴木
全然いいですよ(笑)。ちなみに今はコールセンターで受けていますが、昔は全て自社で電話を取っていました。僕ら兄弟3人で電話番を回していたんですよ。
安田
当番の日は、夜通しずっと寝ずの番ですか?

鈴木
耳元に電話を置いて寝ていました(笑)。夜中だけでなく、食事中もトイレ中も風呂に入っていても、電話が鳴ればすぐ出ていましたよ。
安田
そうか、確かに人がいつ亡くなるかなんて誰にもわかりませんもんね。

鈴木

ええ。そういった事も含めて事前に学んでおけば、いざというときに慌てなくてすみますよ、というのが勉強会の趣旨でした。で、敢えて露骨な言い方をすれば、この勉強会に来られる方というのは、我々にとっては「ホット顧客」なんですね。

安田
葬儀について学びたいということは、もうすぐ葬儀が必要になりそうだと思っている方だということですもんね。

鈴木
仰る通りです。で……実は僕、営業が嫌いなんですよね(笑)。自分から営業に行くのがダメ。断られた時にすごく落ち込んでしまうタイプで。
安田
え、そうなんですか? めちゃくちゃ営業上手に見えますけど(笑)。

鈴木
いや、全然です(笑)。だから葬儀の勉強会を開くことで、お客様自らウチにやってきていただく、というマーケティング手法を取ったというわけなんです。
安田
なるほど。自分の苦手分野をうまくカバーしたわけですね。でもこれもまた数年後には他社に真似されてしまった?

鈴木
そうなんです(笑)。だから次は「式場の見学会」をやるようになりました。
安田
へぇ、「式場戦略」というわけですか。というか昔の葬儀って、自宅やお寺でやっていましたよね?

鈴木
そうなんですよ。もともと僕らも、いわば「イベント屋さん」のように、ご自宅やお寺に出向いてご葬儀を執り行い、終わればパッと撤収するということをしていました。
安田
それを「式場」でやり始めたのが、のうひ葬祭だった、と。

鈴木
いえ、実は最初にやり始めたのは、隣の可児市にある葬儀会社さんだったんです。最初は「自宅や寺以外の場所で葬儀をするなんて」と反発も大きかったようなのですが、1年後くらいには式場のよさが口コミで広がるようになっていて。
安田
なるほど、徐々に市民権を得ていったわけですね。それでのうひ葬祭さんも式場でのご葬儀ビジネスに移行していったと。

鈴木
ええ。そういう意味では二番煎じで、私たちが真似した側ですね。ただ、真似するにも相応の覚悟がいりました。
安田
と言いますと?

鈴木
端的に、投資金額がすごいんですよ。土地を買って建物も作って、となると億単位でコストがかかりますからね。
安田
ああそうか。そもそも式場を建てるところから始めるわけですもんね。しかも地方は車社会だから、駐車場もそこそこの数を用意しなきゃいけないでしょうし。

鈴木
まさにそうなんです。当時は1,000坪は必要だって言われていました。
安田
1,000坪! それは確かに生半可な気持ちでは参入できないですね。そんな中で、鈴木さんはどういう風にその「式場戦略」に挑んだんですか?

鈴木
ウチの場合は、土地は借りて、建物は地元建築会社のお金で建ててもらうという方式にしました。要は、式場に対してウチが家賃を払う形です。そうすることで初期費用がぐっと抑えられる。それによってスピーディーにドミナント展開ができたんです。
安田
ああ、なるほど。すごいなぁ。鈴木さんは今も『相続不動産テラス』で空き家の利活用という新事業もされていますが、やっぱり当時から不動産経営の知識やアイディアが豊富だったんですね。

鈴木
いえいえ、本当のところを言えば、自分たちで土地や建物が用意できなかっただけなんです。財務の状況があまり良くなかったから、銀行がお金を貸してくれなくて(笑)。それである意味仕方なくそうした次第で。
安田
なるほど(笑)。でもそこで諦めなかったからこそ「土地も建物も借りる」というアイディアが出て、さらに式場のスピード展開も可能になったわけじゃないですか。やはりマーケティング力に長けていたんでしょうね。

 


対談している二人

鈴木 哲馬(すずき てつま)
株式会社濃飛葬祭 代表取締役

株式会社濃飛葬祭(本社:岐阜県美濃加茂市)代表取締役。昭和58年創業。現在は7つの自社式場を運営。

安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

Twitter  Facebook

1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 

感想・著者への質問はこちらから