泉一也の『日本人の取扱説明書』第35回「士の国(後編)」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第35回「士の国(後編)」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

 

鎌倉時代は貴族社会から武家中心の社会に変わった。これは大転換である。近現代に見られる軍事政権は根本が武力による恐怖統治であるが、それとはまるで違う。なぜなら、武家社会が日本の豊かな精神文化に大いに影響を与えたからだ。恐怖支配からは文化は生まれない。アニメ「マクロス」の敵となった軍事国家の宇宙人が文化(プロトカルチャー)を恐れたように、命令と服従、規律と統制といった単一価値(モノカルチャー)を背景に持つ軍事政権にとって、文化は病原菌のような存在なのだ。

鎌倉時代の中心となる文化に「鎌倉仏教」がある。国家はある特定の宗教の戒律を利用し、国民や植民地の規制と支配を行うが、鎌倉時代には6つもの新宗教が生まれ、最も広まった浄土宗と浄土真宗に至っては戒律がほとんどなかった。さらに簡単な念仏を唱えたら誰でも極楽へ行けるよ、といったお氣軽さがあった。それまでのエリート層を中心にした仏教からすると考えられない思想である。よって鎌倉時代は日本人全体に仏教が広まり精神性を醸成していったのだ。世界を見渡せばわかるが、キリスト教やイスラム教は同じ宗教でも宗派の思想の違いによって戦いが生まれ、殺し合いを数々繰り返してきた。日本はその逆で新しい宗派が豊かな文化を生み出した。

では、なぜ武家社会が鎌倉仏教といった「文化」を日本中に広めることができたのか。それは、武家社会の大元に「現場主義」があったからだ。ちなみに貴族制では、富める者たちが特権階級を生み出し、貧しき者たちを奴隷的に支配し、彼らの生産した富の上に君臨していた。現場主義とはま逆の社会である。西洋諸国では、大衆が貴族制とその裏にあった宗教の不条理と嘘に氣づいて市民革命を起こし、民主化がなされたが、その市民革命も「宗教改革」といった大衆向けにキリスト教が広まり、その貴族制の裏を民衆が知ってしまったことが一つの原因である。日本ではこの西洋の市民革命より四百年も前の鎌倉時代に武士たちが中心となって特権階級社会の貴族制を終わらせ、現場主義の新しい社会を作り出していた。

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