第158回「ロスの国」

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

「○○ロス」って言うじゃない。

長らく親しんだものが急に失われた時、寂しさと愛おしさに包まれる。共助(ともすけ)ロスの読者の方もいるだろう。ロスの時は、続編ないのかな・・パート2は、セカンドシーズンは・・と期待が膨らむ。

そのロスにふと氣付かされる時がある。それは、無性に感じる懐かしさ。心のずっと奥にしまっていた大切なものに手が触れる感覚。

東南アジアで屋台通りを歩いていると無性に懐かしくなる。それは、お祭りの屋台でなく日常の屋台。そういえば、子供の頃、オカンに連れられて毎日のように市場に行った。そこでは、屋台のように店がずらりと並んでいた。「いらっしゃい!」「これお買い得やで!」「ほんまやね」「おすすめはあんのん?」「ほな、もらうわ」「おおきに!」「ありがとねー」といった会話がそこらじゅうから聞こえてくる。

時には、「おいボク、元氣か」「もうすぐ小学生になるんやろ」「今日もええ子しとれよ」なんて店のおいちゃんにおばちゃんに声をかけられ、恥ずかしくてオカンの尻の後ろに隠れた。

音、声、匂い、雑踏、そうした空氣。その空氣が吸える東南アジアは懐かしく、去るときはやっぱりロスになる。

先日、カンボジア人の場活弟子ソポアンとビデオチャットをしている時、よく行ったカンボジアの屋台通りを映してくれた。まるで国が喪に服しているような静かな光景だった。スマホ越しに映るその絵を見てまたもロスした。

このロスは素敵な感情だが、一人で押し殺していると歪んでくる。例えば、田舎から都会に出て一人暮らし。友人もできず孤独な日々。ホームシックになり、この寂しさをぐっと我慢していたら、楽しそうに幸せそうにしている人を見るのが辛く、次第に腹立たしくなってきた。眩しさに目が痛むように他人の楽しさや幸せといった「陽」が、自分に辛さを与える「陰」になった。

それが時に犯罪につながり大事件になる。マスコミは犯人の周辺を取材して回ると、「ここ(田舎)にいる頃はあの子はいい子だったのに」といったコメントが故郷から聞こえてくる。そんな事件はうっすらと記憶にあるだろう。たとえ大きな犯罪にならなくても、陰なる炎でネット上を炎上させる。似たようなロス仲間が火事場の野次馬のごとく集まり、孤独が解消され、また次の火事を生み出す。炎上が続く仕組みが見えてくるだろう。

田舎から都会に出てきたホームロスの若者と同じように、日本人はロスしている。それは父性ロスである。頼もしくて力強くて守ってくれて背中で見せてくれる責任感ある父。この父性をロスして歪んでいるのだ。

パワハラに責任転嫁に尻尾切り。癒着に裏金といった金権支配。依存症にDVに幼児虐待。それを見て見ぬふりをする取り巻き、いいように利用される人。こっそりとリークして炎上を楽しむ人。そこかしこで横行しているこの歪みは、父性ロスの原因が大きい。では、父性ロスとは何か。

日本は太平洋戦争で父性のエネルギーを集めに集め、それを国民皆で信頼し尊敬し憧れて愛した。しかし、多くの民が空襲と原爆で死に、沖縄では陸上まで攻め込まれ島民の多くが壮絶な死を遂げ、満州では市民より先に軍が逃走した。敗戦後占領され、命懸けで守った女性たちが占領軍を接待した。戦時中マスコミの大本営発表の多くは嘘だとバレ、今まで尊敬していた学校の先生は言うことが180度変わった。これで歪まなければよっぽどの人格の持ち主である。

この父性ロスから来た歪みが、家庭に学校に地域に企業に政治にありとあらゆるところで世代間連鎖している。心の奥に残る大きな歪み。日本中で「頼もしくて、力強く、守ってくれて、背中で見せてくれる責任感あふれるエネルギー」を薄く感じないだろうか。

高校の後輩でもある大堀亮造さんは父性のカウンセラーとしてアダルトチルドレンを治癒している稀有な存在。「アダルトチルドレンとは、親を親として信頼することができず、親に十分に甘えることができず、心や人間関係に障害を持つ人たちのこと」(大堀亮造著「アダルトチルドレンを克服したければ、父性を身につけなさい」参照 Amazonへ)と言っています。

太平洋戦争の敗戦とそこでの父性の歪みが解消されないままに世代を超えて連鎖しているとしたら、日本人は一億総アダルトチルドレンだろう。父性のカウンセラーがもっと必要である。大堀さんにはもっと活躍してもらわないといけないが、「大堀くん、がんばれ!」だけではダメである。

またしても父性の歪みとりの旅に出発することになりそうだ。共助(ともすけ)と大堀くんに友情出演を依頼しておこう。

 

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著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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