第190回「日本劣等改造論(22)」

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

 ― トモスケを探せ(後編)―

前編では生み出すチカラを得るにはトモスケが必要だという話で終わった。後編ではなぜトモスケが必要なのか、そのあたりから話を進め、トモスケを見つけ出したい。

人類はいや生物は、常に未知なる困難と直面する運命にある。平和で平凡な日常はあってもそう長くは続かない。必ずといっていいほど自然災害に感染症に恐慌に戦争に「ゆらぎ」が起こる。このゆらぎが何十億年もの間、生物に新しい何かを生み出す機会を与え、進化を促してきた。

これからも未知なる困難という「ゆらぎ」が起こるのはこれまでの歴史が証明している。スマホを手にした消費者では、このゆらぎを機会に活かすことはできない。

「助かりました、いえいえ、お互い様ですよ」この共助のストロークに、新しい何かを生み出すヒントが隠されている。いわゆる共創の極意がここに隠されているのだが、紐解いてみよう。

“お互い様”を分解してみると、「敬意」「明日は我が身」「巡り巡る」という3つの要素が出てくる。様を付けているのは、お互いの関係についてリスペクトしているからだ。その関係とは、手を差し伸べ合えるという関係。困っていることに手を差し伸べ合える素晴らしさ。その有り難さ。

そして「明日は我が身」とジブンゴトとして捉え、巡り巡って自分にいつかその助けが返ってくるという確信。相手に感謝された時に、最初に「いえいえ」と否定する理由がそこに見つかる。言葉を追加すると、いえいえ私も同じ境遇にありますから・・だろう。

相手に与えた助けがいつか自分に返ってくる、つまり巡り巡る関係を肌で知っているから、今ここで利他=ペイ・フォワードする。利他は自利と重なり合っているのだ。損得を超えた損得の融合。この両極の重ね合わせの中にトモスケはいる。ついに、トモスケの棲家を見つけた!

話をここで飛ばしてみよう。重ね合わせといえば量子論。自然界を構成する最小の単位は電子などの量子であるが、それらは固定化された実体として捉えられない「不確定性」を持っている。1と0(あるとない)が重なっている状態というのだが、それは人間の頭で想像することはできない。量子論を応用した技術は半導体にスマホにGPSにコンピュータに様々なところで使われ、GDPの3割を占める産業にまでなっている。理論があり日々その恩恵を受けているのに、その実態がイメージできないとは不思議なり。

量子は計測する側の影響を受けて実体が決まるらしいが、誰が測っても同じ結果という大前提で自然界の方程式を解いてきた物理学(古典物理学という)とは一線を画す。たとえば星を観察する場合、見る人の影響を受けて星の見える位置が変わったり、明るさが違ったりしない。古典物理学はこうした具体的に見えるものに対しては機能する。しかし、ミクロの世界はそうでない。

かのアインシュタインも、量子論は認めていながらも、量子という存在について最後まで納得できなかったという。「我思うゆえに我あり」と自己の存在を認識する人にとって、量子の世界は納得いかない。エビデンス信者はもっと納得いかない。量子的に言うと、我という固定化された存在はどこにもいないということで、仏教では「空」という。

ではどこに実体があるかというと「関係」の中にある。分断、独立した個というのは存在せず、関係性つまりは互いの「間」に実体があるというのだ。関係が先で実体はあと。縁があってモノが起きる。仏教では縁起という。

量子論や仏教からもとに話を戻してみると、トモスケがいる場所は関係性・間であり、互いの相互作用から新しい実体が生まれるということ。我思うゆえに我ありではなく、私とあなたの関係性の中に実体あり。私の思考ではなく、互いの間を感じるところに実体がある。だからお互いの間は「様」なのだ。

思考は区別や比較ができるので、優劣がつけられるが、互いの間は感じ合う一つだけのもの。比較しようがないから劣等感はそこには存在しない。劣等感からの解放というより、劣等感の消滅である。

これですっかり氷解しただろう(いや、全然!?)。考えてはダメである。このコラムと読者のあなたの間に実体があるから。この間を感じてみたら、そこに新しい何かが生まれているはず。共創的な読解をしてみて欲しい。もう一度、その感覚で前編から読み直してみると、何かが浮き上がってくるかも。不確定だが。

 

著者の他の記事を見る

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

著者ページへ

 

感想・著者への質問はこちらから