泉一也の『日本人の取扱説明書』第74回「無常の国」
著者:泉一也
このコラムについて
日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」方丈記の冒頭一節である。この後、よどみに浮かぶ・・と続いて「朝に死に夕べに生まるるならい、ただ水の泡にぞ似たりける・・」という一節に至る。
人の一生は水の泡というのである。個人的にはビールの泡の方が好きだが、泡を通して人の生とは?という究極の問いをさらりと表現する鴨長明。日本を代表する哲学者といっていいだろう。無常を論理ではなく、詩的に表現しているのだ。絶対的正義をロジックでもって追究する西洋の哲学とは根本が違う。
日本は、「自然の恵み」と「天災という破壊」の両極を感じる最適の場である。日常は心を癒してくれる河が、ある日濁流となって氾濫し人命や家屋、畑を一氣に呑み込んでいく。この極端な変化の間に、無常という世界観が見えてくるだろう。
無常を学ぶ機会を、天は与えてくれるが、現代のようになんでも科学的に説明するようになると、無常を学びにくい。原因と結果の法則が明確すぎると、変化の間(ま)がなくなるのだ。この間こそ一人一人が自分に向き合う領域、つまり詩的に感じる世界なのである。