泉一也の『日本人の取扱説明書』第85回「まじないの国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第85回「まじないの国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

なむあみだぶつ
なんみょうほうれんげきょう

漢字で書くと「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」であるが、日本人の多くが口にできる念仏である。この念仏は、経を唱える僧侶ばかりでなく、一般庶民にも仏様の功徳にあやかれるようにと法然上人と日蓮上人が普及させた。意味がわからなくてもいい。ただ唱えることで魂が救われる。言ってみれば「チチンプイプイ」。こんな子供騙し的な念仏が普及したのはなぜなのだろうか。

そもそも宗教の多くは、「死」という人間の究極の恐れから人を救うために生まれた。誰も死んだらどうなるかわからない。誰も知らないから誰も教えてくれない。その「死」というベールに包まれた恐怖の世界を感じながら生きている限り、何かにすがりたくなる。簡易な念仏でもいいから意味がわからなくてもいいから寄りすがりたくなるのだ。

ちなみに、宗教を布教するには「恐れからあなたを救うよ、真の安心を与えるよ、その教えがここにあるよ」といえばいい。そういう意味では世の中に「死の不安」が強まると、布教活動は楽になる。サリンをまいた本当の理由はその辺にあるかもしれない。

一方、現代の日本では昔に比べて飢餓、病気、戦争といった死を実感させる不安が減り、さらに庶民が賢くなったので、子供騙しの念仏では布教が困難になった。日本に7万7千ある寺院は、すでに2万近くが住職のいない空き寺であり、さらに今後25年間で4割がなくなると言われている。非常にヤバイ状況である。

本題に戻るが、簡易な念仏が日本で普及したもう一つの理由がある。このコラムで何度か取り上げたが日本語はコトダマの力が強く、意識を操作しやすい。つまり言葉だけでメンタルコーチングができてしまう。「ガンバレ」という言葉がメンタルに与えるインパクトは大きく、他の言語に意味は訳せてもコトダマレベルで同じものが見当たらない。だからガンバレは、心が弱っている時はそのパワーを受け切られず、逆に弱ってしまうことになる。

最近流行りの言葉では「ヤバイ」が象徴的だろう。嬉しくてもヤバイ、感動してもヤバイ、驚いてもヤバイ、ピンチでもヤバイ、悲しくてもヤバイ。全てをヤバイで表現してしまう。言葉の音感で陰陽全てを包含してしまう。それぐらい日本語には全てを飲み込み、感情=念を乗せてしまうパワーがあるといっていい。

昔から日本人は日本語には念のパワーが乗ることを知っていたから、南無阿弥陀仏、南妙法蓮華経というまじない的な念仏が普及したのだ。文字だけのお札(神札や護符)で神社仏閣に結界をはり、書面にはサインではなくハンコを使って念を入れて押し、願い事は絵馬や短冊に文字で書いて吊るすのもそこに通じる。

日本語というコトダマ語は、まじないのパワーを持つので、それをうまく活用すればいい。ぜってーヤバイことになる。

 

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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