個が先か?仕事が先か?

何とも言えない閉塞感が漂っている現代社会。その原因はどこにあるのだろう。給料が上がらないこと。税負担が増え続けていること。少子高齢化が進んでいること。円安で物価が高くなっていくこと。暗い話ばかりである。だが暗い中でもポジティブな人はいる。たとえば経営者は比較的ポジティブだ。

では彼らの会社で働く社員も同じようにポジティブなのだろうか。もちろんポジティブな人もいるだろう。だが多くの社員は何らかの不安や閉塞感を抱えている。経営者にあるものが社員には欠落している。それは何か。物価高や税負担が大変なのは経営者も同じである。もっと根源的な違いがあるはずだ。

経営者にあって社員にはないもの。それは自分にしかできない役割である。どんな仕事で社会の役に立って稼いでいくか。それを決めるのは経営者。決められた仕事をこなすことで従業員に生まれる違和感。何のために生きているのだろうという虚脱感。生きるためにお金を稼ぎ続けなくてはならない無力感。

それは個を否定したことによる後遺症ではないだろうか。ヒトは明らかに他の社会性動物とは違う。アリやハチは個を捨て同質化することで繁栄してきたがヒトは個を活かし異質化することで繁栄してきた。アリやハチは何世代にも渡って同じ事を繰り返すがヒトはどんどん新たな職業を生み出してきた。

個々が得意なことをとことん極め得意と不得意を交換し続けた結果、人間社会はとてつもない発展を遂げた。しかし会社の誕生はその流れを変えた。会社にはいくつかの部署や仕事が用意されヒトはその中に嵌め込まれるようになった。個を捨てて同質化することが求められ得意より稼ぎを優先するようになった。

生きるとは生活することであり、生活するには金が必要であり、金を稼ぐには個を捨てる必要がある。働くことは生活の手段であってそれ以上でもそれ以下でもない。そこで必要なのは個性ではなく会社が求めるスキルだ。得意なことで人に喜ばれるのではなく指示されたことで利益を上げる。それが仕事。

個性を活かしてきた動物が個を捨て続けた結果、何のために生きているのか分からなくなった。違和感、虚脱感、無力感に襲われるのも当然ではないだろうか。個が先で仕事が後。これが本来のヒトの姿。だが会社はこの順番を変えた。仕事が先で個は後。ヒトはハチやアリに近い社会性動物になりつつある。

 

 

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