才能か努力か。誰でも一度は考えたことのある議題ではないだろうか。子供なら勉強やスポーツで感じるかもしれない。こんなに練習しているのにサッカーが上手くならない。だけどあいつはどんどん上手くなっていく。先生の言っていることが分からない。なぜあいつはすらすら問題が解けてしまうのだ。
この違いは何だ?元から頭の出来が違うのか?運動神経が違うのか?と考えてしまう。努力なんて無駄なのか。いや、努力すれば必ず越えられるはずだ。でもやっぱり越えられない才能の壁はありそうだ。人はこうやって自信を失くし「自分は普通の人間であり才能を持った特別な人間ではない」と自覚していく。
私は多くの人に「得意分野を磨くこと」の重要性を語ってきた。人は誰しも得意と不得意があるので人と比較せず自分の得意分野を伸ばすべきだと。すると「これといって得意なものがない」と答える人が一定数出てくる。彼らは得意=才能という図式で考えており、自分には特別な才能がないと考えている。
そもそも才能とは何だろう。才能=持って生まれた資質であるとするなら、才能は誰にでもあるということになる。人には誰しも得意と不得意があり割合的には圧倒的に不得意が多い。9割、いや99%は不得意と言っても過言ではない。では才能を開花させる人とそうでない人の違いはどこで生まれるのか。
開花する(お金になる)才能を持っていたかどうか。ここがすべてだと思っている人は多い。大谷翔平は野球の才能があったから成功者になれたのだと。自分には得意分野などないと嘆く人の共通点。それは「ないもの」に目を向けていること。自分にはお金になる才能がない。以上。そこで思考は止まっている。
成功者とは「あるもの」に目を向けてきた人たちである。そもそも人間はほとんどのことが出来ない。だが得意な分野は必ずある。得意な分野がないと嘆くのは「あるもの」を放置してきた人たちである。大谷翔平は野球の才能があるからそれを磨いてきた。何もせずメジャーリーガーになれる人はいない。
得意は「あるか・ないか」ではない。「磨いてきたか・磨いてこなかったか」である。お金になる分野の才能を持っていたのではなく、お金になるレベルまで才能を磨き続けてきた人。それを才能のある人というのである。現代社会においてお金にならない才能などない。ただそれを磨いてこなかっただけ。
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