人間交換日記 50通目「現実を変えたければ、鏡をいじってもダメ」大野

人間交換日記

「すべての人は、すごい可能性を秘めている」と信じる大野と、「多くの人は目的などなくただ存在しているだけ」と断ずる安田。人間の本質とは何か。人は何のために生きているのか。300文字限定の交換日記による言論バトル。


50通目/大野からの返信
「現実を変えたければ、鏡をいじってもダメ」

自己否定なき自己肯定は、自分から目を背ける行為。まさにその通り。何を隠そう僕の仕事は自分と向き合って頂く事をサポートしているのですから。
まず、可能性の立場に立つ事と自己肯定や自己否定の話はまた別の話。何かになれると信じこむ事とも本当は少し違います。ただあえて露骨に極端にそれに乗っかると、どの道ですよ、安田さんだって僕だって自分に、知らず知らずのうちに意図せず自己暗示をかけている。だからこそ、その暗示された自己を見つめ解放していく必要がある。
現実は己を映す鏡。現実を変えたければ、鏡をいじってもダメ。元の己をいじらないと。自分が源。その事は可能性を意味している。そこに立つことが自己肯定。

前回49通目/安田「何をもって自己肯定なのか」

大野さんへ本来持っている能力を眠らせたままにしないために。そのためにこそ、自分の役割を見つけるべきだと申し上げているのです。大野さんにとって自己肯定感とは何ですか。合衆国大統領にもなれる、マリリンモンローとも結婚できると信じ込むことでしょうか。自分の可能性を最大化すること。自分自身を肯定すること。それは盲目的に「何でもできる」「何者にでもなれる」と信じ込むことではない、と私は思います。自己肯定と自己否定はコインの表裏です。自己否定なき自己肯定は、自分から目を背ける行為であり、自分自身を騙す行為です。自己否定できる人こそが、本当の意味で自己肯定できる人なのではないでしょうか。

ー安田佳生より

 

前々回48通目/大野「それが正しいなら人生に挑戦状を叩きつけたい」

安田さんへ

安田さんてどんな人ですか?(自分が思うに)

違和感がやはりあるのは、可能性があると言う文脈の中でこそ、なるべき者になると云うのが健全な考え方でしょ。そもそも何者にでもなれる可能性が誰にでもあることと、なるべき者になるは二律背反していませんから。
まして、安田さんの言う、私なりに近づいていく過程で、本来持っている能力をある決めつけやそこから派生させざるを得ない妥協によって眠らせたままでもいいじゃないか、それが人生だからというのが正しいのなら、僕は逆に人生に挑戦状を叩きつけたいです。
だって、ある人の自己肯定感の強弱とその人のパフォーマンスの高低は相関がないですか?

ー大野より

 

これまでのやり取り

交換日記をする二人



火曜日
安田佳生(やすだ よしお)

1965年生まれ、大阪府出身。
2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

●金曜日
大野栄一(おおの えいいち)
株式会社一番大切なこと 代表取締役
https://ichibantaisetsunakoto.com/
https://www.sugoikaigi.jp/coach/eiichiono/

ブルー・オーシャン戦略は、未知の新大陸を探しだす作業ではありません。
新たなブルー・オーシャンは今いるレッド・オーシャンの中に無数に存在するのです。

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