【連載小説:第1回】HR 第1話『イタリアマフィアの爆弾』SCENE: 001〜002

HR  第1話『イタリアマフィアの爆弾』執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。

 

【これまでの投稿】

<第1話>
SCENE:001〜002(2018/01/04投稿)※本ページ
SCENE:003〜004(2018/01/12投稿)

 


 SCENE:001


 

「は? 異動?」

新しい期が始まって間もない4月半ば。木曜朝9時のミーティングルームで、俺は敬語を使うのも忘れて聞き返した。白い壁に囲まれたこの30畳程度の部屋には、俺と鬼頭部長の二人しかいない。

鬼頭部長は俺の言葉が聞こえなかったように、もはやトレードマークと化したスタバのコーヒーをゆっくり口に含み、目を閉じる。50代前半のはずだが、サーファーにしか見えない黒い肌、きついパーマのかかったカールヘア、イタリアマフィアのような光沢あるストライプスーツのせいもあって、かなり若く見える。3つの営業部を束ねる統括部長、創業メンバーというわけではないがそれに近い社歴があり、昨年期初の人事でついに取締役に名前を連ねることにもなった。

「あの……部長?」

俺が促すとやっと鬼頭部長は目を開け、俺に初めて気がついたみたいに「ん? どうした」などと言う。

どうした? じゃねえよ。俺は心の中で舌打ちをする。いつだってこの人はわけがわからない。突然おかしなことを言い放ち、現場をめちゃくちゃに混乱させる。天才肌というか気まぐれというか、本人的には「熟考した上」での話だそうだが、如何せんタイミングが突然なので、周りの人間は心が休まることがない。もっとも、無理難題を押しつけられるのはマネージャークラスの管理職たちで、自分のような末端社員は直接話すことすら稀なのだ。

しかし今朝、珍しく朝からウチの部署に顔を出した鬼頭部長は、こともあろうにいきなり俺の名前を呼んだ。そして、鼻歌交じりにミーティングルームに呼び出すと、まるでファミレスでメニューを選ぶような気軽さで「ちょっとお前、別部署に異動させるから」などとのたまわったのだった。

「……ですから、その、異動の件です。というか、そもそもこんな時期に異動なんて」

鬼頭部長の発言に、俺も見事に混乱していた。3ヶ月毎に決算するクォーター制を採用している当社では、組織変更があるとすればその変わり目だ。特に部署間・拠点間の異動といった大きな変更は年度末、もしくは半期折り返しのタイミングでしか行われないのが常だった。4月頭、新たな組織体制のもとで今期をスタートさせたばかりの今、この人は一体何を言い出すのか。

俺の言葉を鬼頭部長は微かに首を傾げるように聞くと、たっぷり10秒近く間を置いて、言った。

「ああ、まあ、そういう異動じゃねえんだ。どっちかというと、研修だな、研修。とりあえず1週間でいいから、行って勉強してこい」

なんだよそれ、また心の中で悪態をつく。異動だと言っていたのに、今度は研修? いよいよ意味がわからない。一体どこへ、いつから、何を学びにいくのか。確かめたいことは山ほどあったが、変につっこむと、話がおかしな方向にねじれることも考えられた。どれだけ変人だろうが、この人が統括部長で、しかも取締役だという事実は変わらない。下手に機嫌を損ねれば今後にも関わる。

「……わかりました」

できるだけ感情を込めずに言った。鬼頭部長の中で決まったことならもう仕方がない。そもそも拒否権のない話なら、異動より一週間の研修のほうがずっとマシだ。

「そうか。じゃあ詳細はあとで送っておくから」

「はい、よろしくお願いします」

俺が頭を下げると、鬼頭部長はコーヒーを手に立ち上がった。話は終わり。頭はもう次の考え事に移っているのだろう。俺の横を通り抜ける時、大人の男を感じさせるスパイシーなコロンが香った。175cmある俺より背が高い。あらためてその迫力に気圧される。

「あ、そうだ」

扉の前で鬼頭部長は立ち止まり、振り返った。

「お前の志望動機、なんだっけ」

「……は?」

「だから、なんでウチに入ったんだっけ」

「それは……」

どうしてそんなことを今聞くのだ。面接の場で何と話したのか必死で思い出そうとするが、突然のことでうまくいかない。

「あの……ですから」

口ごもる俺を鬼頭部長はなぜか眩しそうに見つめた。無精髭の生えた口元が笑っている。女だったら一発で落ちそうな、自信と余裕の溢れた笑みだった。

「もう忘れちまったか」

鬼頭部長は独り言のように言い、「じゃあな」とまるで外人の挨拶のように手を上げ、颯爽とミーティングルームを出ていった。

 

 


 SCENE:002


 

俺が勤めているのは、求人広告をメインで扱う広告代理店だ。社名は株式会社アドテック・アドバンス。業界ではAAで通っている。大型求人メディアを複数運営する某大手企業とパートナー契約を結んでおり、その企業の求人メディアを営業・販売することでマージンを得、即ちそれが売上となる。

都内だけで数十社あるパートナー企業の中でもAAは一位・二位の売上規模を誇り、クォーター毎に開催されるパートナー会議では、毎回様々な部門で表彰を受ける。

現在版元(求人メディアの運営元)には営業組織がなく、各パートナー企業に販売を委託している状態だ。だからその中でトップを走るAAは、言わば版元が最も頼りにする営業チームなのだ。

「ああ、村本くん。朝から大変だったね」

ミーティングルームを出て自分のデスクに戻ると、隣の席の島田岳が声をかけてきた。背が小さく小太り。オタクっぽい風貌ではあるが、同期の中でも最も人懐っこくお喋りで、社内ではちょっとした有名人になっている男だ。

「まあな」

「鬼頭部長が来るなんて珍しいよね。相変わらず芸能人みたいでカッコよかったなあ」

アイドルに憧れる女のように言う島田を見て、力が抜ける。呑気というか、無邪気というか、これで意外と営業成績もいいのだからよくわからない。

「バカなこと言ってないで仕事しろよ」

黙々と仕事を進めている営業一部の先輩たちを横目に言った。俺は三年前の四月にこの会社に新卒で入社し、同期の中では島田と俺だけが営業一部に配属された。見るからに「できるメンバー」が揃った営業一部で、島田は明らかに浮いている。

営業部は一部から三部まであり、求人広告の営業という意味ではすべて職務は同じだが、クライアントの会社規模は三部から一部に向かって大きくなっていく。三部が個人店や従業員数十人の企業を担当するのに対し、二部は地域に複数店舗を展開する小規模チェーンや従業員百名程度までの中小企業、そして一部はいわゆる全国チェーンおよび大手企業が担当だ。

クライアントによって営業手法に差はあるが、三部が足で稼ぐ泥臭い営業だとするなら、一部は頭を使って大きな会社を落とす頭脳型の営業だ。会社の中でも花形と言われる部署である。

「それで、何の用だったの? また爆弾を落とされるんじゃないかって、リーダーたちが青い顔してたけど」

俺の忠告を完全に無視して島田は言う。こいつはいつでもこの調子だ。「爆弾」というのは、先月半ば、鬼頭部長が突然強化商品の変更を指示してきた件を言っているのだろう。

期末に差し掛かった土壇場のタイミングだったので、現場はひどく混乱した。だが結果的にはそれが功を奏し、おそらく未達に終わるだろうという諦めムードの中にあった年間経営目標も、三日営業日を残した段階で達成することができたのだった。

「別に営業方針の話じゃない。だいたいそんな重要なこと、俺一人に話してどうすんだ」

「そっか。そう言われればそうだね。じゃあ、何の話?」

今度は俺が島田を無視し、デスクの上のノートPCを開いた。パスワードを打って自動ロックを解除し、惰性的にメーラーを起動する。ボックスには差出人名に取引先の名前が入ったメッセージが十数通届いていた。その文字列を前に、自分の頭が仕事モードに切り替わっていくのがわかる。とりあえず、鬼頭部長が「俺に落とした爆弾」の件は保留だ。今の俺にはそれより前に考えるべきことがたくさんある。

メールを一通ずつ開いて必要なものには返信し、それが終わると昨晩途中まで作っていた企画書のファイルを開いた。二時間後のアポイントまでに仕上げてしまわねばならない。

パワーポイントが立ち上がり、有効求人倍率のグラフと業界別求人掲載数のデータが画面に表示される。担当人事からは既に契約の内定をもらっているが、上役の首を縦に振らせるためにはこういう書類が必要なのだ。

(Scene:003につづく)※次回更新1/12(金)

 


 

著者情報

ROU KODAMAこと児玉達郎。愛知県出身。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。デザイナーはデザイン専門、ライターはライティング専門、という「分業制」が当たり前の広告業界の中、取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年フリーランス『Rou’s』としての活動を開始(サイト)。企業サイトデザイン、採用コンサルティング、飲食店メニューデザイン、Webエントリ執筆などに節操なく首を突っ込み、「パンチのきいた新人」(安田佳生さん談)としてBFIにも参画。以降は事業ネーミングやブランディング、オウンドメディア構築などにも積極的に関わるように。酒好き、音楽好き、極真空手茶帯。サイケデリックトランスDJ KOTONOHA、インディーズ小説家 児玉郎/ROU KODAMAとしても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート)。

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