【連載第31回】これからの採用が学べる小説『HR』:第4話(SCENE: 045〜046)

HR  第4話『正しいこと、の連鎖執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

これまでの連載

 


 SCENE:045


 

 

HR特別室の入った雑居ビルを出て、新橋駅に向かって歩く。

午後七時少し前。

既に居酒屋にはたくさんの客が詰めかけ満員状態だ。道路にはみ出た“テラス席”で、サラリーマンやOLがもつ焼きをつまみにビールや焼酎を飲んでいる。ビールケースに薄い座布団を載せただけの椅子、店外までもくもくと吐き出される煙、掛け合いのように至るところから聞こえてくる誰かの笑い声。

路地を抜けて表通りに出ると、いよいよ人の数は増える。

まるで水道管の中の水のように、人間の塊がひとつづきになって駅に向かって移動している。俺もその流れに体を滑り込ませる。歩いているというより、やはり流れているという感じの遅い歩みの中、なんとなく視線を上げた。その先には、古びた陸橋の上に乗っかった線路。そこからさらに向こうを仰げば、電通本社や汐留の高層ビルが薄暗い空のなかに浮かんでいるのが見えた。この時間、まだビルには煌々と明かりが灯っている。

なんとなく、正木のことを考えた。

正木はきっと、まだ働いているに違いない。六本木のあのビルで、不自然な笑顔を浮かべたまま。

奇妙な焦燥感がふっと湧いた。これでいいのか? 俺はこのまま家に帰っていいのか?

高橋は結局、俺に対して何の指示もしなかった。これからどうするのか、何も教えてはくれなかった。もちろん俺はBAND JAPANの担当営業ではない。研修の一貫として高橋についていっただけで、この案件に何かしらの役目を負っているわけではないのだ。

そう。だから、別に俺が何を気にすることもない。いつものように烏森口改札から駅に入って、JR総武線快速に乗って家に帰ればいい。周囲の人間の流れも、それを肯定するように駅へとまっすぐ進んでいく。

ーーでも。

無表情で改札へと向かう周囲のサラリーマンたち。そのロボットのような顔を見ながら、自問自答する。心の奥の方に、何かが引っかかっている。小さな魚の骨のようなもの。一度その存在に気づいてしまうと、何をしてても気になってしまうようなもの。

なんだ。俺は何を気にしている?

……正木が自分と同年代だったからだろうか。それとも、憧れの企業だったBAND JAPANが、想像と違っていたからだろうか。高橋から聞いた、脅迫と洗脳の話が気になっているのか。

確かにそれもあるだろう。だが、そうではない。もっと個人的な感覚、クライアントではなく、自分自身に関係あること。

そう。

HR特別室のメンバーなら、どうするのだろう?

俺はそう考えていた。クーティーズバーガーの件も、中澤工業の件も、HR特別室の人間は、俺には絶対に思いつかないような方法で「解決」した。いや、受注こそ「成果」だと考えている俺と彼らとでは、そもそも想定している「解決」が違うのだ。

そして高橋のBAND JAPANだ。いま高橋が何を考えているのか、俺にはさっぱりわからなかった。

俺は多分、それが、悔しいのだ。

「くそ……」

俺は、改札へとまっすぐ進んでいく人の流れから出た。そしてJRではなく、都営地下鉄の新宿線ホームの方へと向かったのだった。

感想・著者への質問はこちらから