変と不変の取説 第95回「師弟関係が紡ぐ未来」

「変化だ、変化だ、変化が大事だ」とみなさんおっしゃいますが、会社も商品も人生も、「変えなくてはならないもの」があるのと同様、「変わらないもの」「変えてはならないもの」もあるのです。ではその境目は一体どこにあるのか。境目研究家の安田が泉先生にあれやこれや聞いていきます。

 第95回「師弟関係が紡ぐ未来」

前回、第94回は「手詰まりなのは誰?

安田

将棋の藤井聡太くん。知ってますか?

もちろん知ってます。

安田

藤井くん、まだ18歳なんですけど。高校生にしてタイトルを取ってしまいました。

早くも二冠ですからね。

安田

「羽生さん以来のすごい棋士」と言われてるみたいです。野球界には大谷選手もいますけど、この藤井くんの出現について泉さんの見解を聞きたいです。

出現についてですか。

安田

天才的な人って、どの世界でも何十年かに1回は出てくる。だから単なる偶然とも言えるし、「いまの時代に出るべくして出た」とも言える。泉さんはどういう見方ですか?

たまたま、いまのタイミングで将棋界に出てきた、というふうに私は見てます。ただスタイルが「二刀流」と同じように、「いままでになかったスタイル」を体現している感じはします。

安田

いままでの延長では考えられないような手を打ったり。それはある意味「非常識」とか、そういうことなんですかね。

師匠が言ってましたよね。子どもの頃から「崩していく」「破壊していく」という打ち方をする子やったと。たぶん定石を壊していくというのが彼の中にはあると思う。

安田

なるほど。ということは単に「将棋が強い人が出てきた」ってだけじゃなく、「いままでとはちょっと違うタイプが現れた」ってことですか?

そうですね。二刀流と同じで定石を壊していくタイプ。「そんなの絶対無理やろ」ってことにチャレンジしてる人だと思います。

安田

日本人は「定石をきちっと守っていく」ことを、すごく大事にする民族ですけど。若い人の中からこういう人が出てきたのは、そういうものへの反抗でしょうか。「俺がこんな窮屈な世の中変えてやる」みたいな(笑)

彼は自分の破壊ですよね。自己否定ができる人だと思う。

安田

ほぉ。自己否定。

自分と対局してるんじゃないですか。常に。

安田

言っても18歳なので、日本全体のこととか世の中のこととか、そんなに知らないと思うんですよ。将棋以外のことを勉強する時間もなかったでしょうし。

そうでしょうね。たぶんずっと自分に向き合ってきたんだと思います。

安田

「日本は閉塞感があるから、俺が新しい将棋を編み出してやる」みたいなのではない?

ぜんぜん違うんじゃないんですか。もっと純粋でしょう。

安田

なぜ、いまという時代に、こういう人が現れてきたのか。大谷くんも含めて何か意味を感じるんですけど。

たぶん日本中が、もう手詰まりなんですよ。他の業界もぜんぶ手詰まりで、やり尽くした感じがある。だからそういう存在が現れてくる。

安田

遺伝子のスイッチが入っちゃったんですかね?泉さんの言う危機感のスイッチ。

何かあるんでしょうね。

安田

だとしたら、いろんな業界にこれから広がっていきますか?

前にちょっとお話しした、師弟関係の話があったじゃないですか。師弟歴っていう。

安田

はい。

藤井さんも師弟関係が結構でかいと思うんですよ。

安田

ほぉ。そうですか。

師匠の夢をかなえたわけですよ。

安田

そうなんですか?

「東海地方にタイトルを持っていく」っていうのは師匠の夢だった。師匠が実現できなかったので僕がやるっていう。それを志で持ってた。

安田

なるほど。

やっぱり師弟関係っていうのが、もう1回見直されると私は思いますね。

安田

将棋の師弟関係ってちょっと不思議ですよね。師匠のほうが弱かったりするし。

師匠はぜんぜん勝てないですからね、弟子に。

安田

弱いって言ったら語弊はありますけど。師匠も強いんでしょうけど。なんか本当に不思議な世界。負けてもあんまり悔しそうでもないし。

そうですね。

安田

師匠の杉本さんが特殊なんですかね。それとも師弟ってそういうものなんですか?

自分を踏み台にして弟子に育ってもらうのが師匠の役割なので。

安田

じゃあ、あれが本来の師匠の姿?

本来の師匠じゃないですか。

安田

でもそういう「太っ腹な師匠」って少ない気がするんですけど。ちょっと弟子が伸びていったら、足元をすくうような師匠が世の中には多い気がする。

そうですね(笑)

安田

そういうのは本当の師匠じゃないと。

師匠じゃないですよね。杉本さんはモデルとして現れてきたんじゃないですか。

安田

藤井聡太くんも、普通に学校で勉強してるだけだと、ああいう考え方って芽生えないですよね。

そうです。そういう物の考え方とか、対局を通した人との向き合い方とか、自分の中での戦い方みたいなのは、たぶん師匠との関わりの中で学習してると思う。

安田

「誰の弟子になるか」って、けっこう重要ですね。将棋界はちゃんとしてそうですけど。それでも、どの師匠につくかでだいぶ人生が変わるような気がする。

めっちゃ変わりますね。師匠によって。

安田

そうですよね。藤井くんも「杉本さんの弟子でよかった」って言われてます。でも師匠のほうが弱いってことは、師匠が教えたから強くなったって感じもしない。誰についてもそこそこうまくなったような気もするんですけど。

私は、やっぱり師匠はかなり影響を与えてると思う。

安田

藤井くんの将棋にも?

はい。たとえばメンタル的なとことか。弱いところを見せられる相手であったりとか。

安田

「羽生さんの弟子だったら、もっとすごくなってたんじゃないか」とか、考えてしまうんですけど。

やっぱり相性みたいなのがあるんじゃないですかね。

安田

なるほど。強い人の弟子になれば強くなるというわけでもないと。

技術だけじゃないですよね、師匠って。

安田

たしかに。

たとえば「君、1回僕のライバルのとこに出稽古行っといで」とか、口利いてくれたりするじゃないですか。師匠がそういう口を利いてあげられるのは、師匠の人脈だったり人徳だったりすると思うんですよ。

安田

なるほど。

そういう機会をちゃんと与えてるかどうかは、けっこう大事だと思います。

安田

将棋界ってプロになるルールも独特ですよね。そもそも師匠につかないとなれないし。師匠も現役のプロなので、人のことを教えてる場合じゃないと思うんですけど。

下手したらライバルになりますからね。

安田

そうですよ。にも関わらず、そういう師弟関係を守ってるのは、将棋業界のひとつの文化なんですかね。

将棋もそうですし、お笑いとか伝統芸能は、結構そういう関係性が多いです。

安田

ああ、なるほど。

明石家さんまも落語家の松之助師匠に弟子入りして、結構かわいがられた。好き放題のスタイルで漫談やらせてもらって「明石家さんま」という新しいスタイルをつくり出した。

安田

商社やメーカーのような業界でも、こういう師弟制度みたいなものって浸透していく可能性はあるんですか。

安田さんがいつも言ってるように「雇用関係」をやってる上では無理ですね。

安田

やっぱり無理ですか。

はい。雇用関係を持った瞬間に「雇う側」「雇われる側」ってなっちゃうので。

安田

師匠もサラリーマンですしね。

そうです。「異動」と言われたらもう終わり。


場活師/泉一也と、境目研究家/安田佳生
変人同士の対談


| 第1回目の取説はこちら |
第1回:「変わるもの・変わらないもの」
長い間、時間をかけて構築された、感覚や価値観について問い直します。

感想・著者への質問はこちらから