第75回「ややこしいのは誰のせい?」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第75回「ややこしいのは誰のせい?
※本収録は2020年5月18日に行いました。記事内の助成金等の制度は、最新状況とは異なります。予めご了承ください。


安田

コロナ関係の助成金はその後どうなってますか?

久野

もう6、7回変わってまして。

安田

申請し易くなってるんですか。

久野

申請はものすごく簡単になってます。ただ分からない人への対応で選択肢が増えちゃって。余計分かんなくなってる人もいます。

安田

簡単にしようとして、よけい難しくなったということですか。

久野

「どれでも簡単な方法を使っていいよ」って言われてるんですけど。どっちを選ぶべきか分かんないから相談したいみたいな。

安田

たとえば生活保障を申請しても「なんだかんだで断れられる」って聞きます。国としてもあんまりポンポン出したくないんでしょう。

久野

それはあるでしょうね。少なくとも現場はそのように忖度して動いてます。

安田

そういう意味では今回の助成金も本音では出しくないのかなと、勘繰りたくなる。

久野

世論に押されて出さざるをえなくなってきた感じですね。

安田

じゃあ今は出す方向で動いてる?

久野

そうです。

安田

それなのに申請がやりづらいってどういうことですか。

久野

過去の制度をそのまま使おうとしたから。もともと出しづらい助成金をそのまま今回のコロナに当て込んでるので。

安田

元々あった助成金をそのまま使ってるってことですか。

久野

そうです。

安田

予算は別途つくってたはずですけど。

久野

本当は雇用保険から財源を出したいんですよ。だから雇用調整助成金という既存の枠組みの中から保障しようとした。

安田

なるほど。

久野

雇用保険の財源は余裕があるから「そこから出したらいいよね」って。そこに無理やり当て込もうとしたから制度として複雑になった。

安田

ややこしい。

久野

ただ基本的には製造業中心の助成金なんですよ。そもそもサービス業には向かない助成金なんです。

安田

サービス業のほうが困ってるのに。

久野

そうなんですよ。だから書類の枚数を減らしたところで、そもそも現実の経営と助成金がマッチしてない。

安田

振り込まれるまでの期間も問題ですし。

久野

そうですね。

安田

金額は100%出ることになったんですよね?

久野

はい。休業手当は100%補填されます。

安田

100%出すのなら「給料は国が払います」って言えばいいのに。そのほうが早いし申請する必要もない。

久野

そういう既存の枠組みがないので。

安田

作ればいいじゃないですか。

久野

新しい法律をつくって、どこが財源を持つのかって話を詰めなくちゃいけない。けっこう大変なんですよ。

安田

できれば既存の枠組みでやりたいと。

久野

安倍首相は最初から言ってます。「既存の法律の中で、できることは何でもします」と。「新しい法律をつくって対応します」とはひとことも言ってない。

安田

これだけ時間がかかるなら、新しい法律をつくったほうが早いと思います。

久野

いつもの不景気対策がベースになっているので。

安田

いつもの不景気対策?

久野

単純に一定期間支払いを止めて「景気の波が戻ったら元に戻す」という前提。

安田

コロナ対策でも同じように考えてるってことですか。

久野

当初はそう考えてたってことですね。

安田

状況は変わりましたよ。

久野

日本って制度つくるだけの余裕がないんです。作るとしても時間かかりすぎるし。

安田

マスクを送るだけでかなり時間かかりましたからね。市販のマスクのほうが早かった。

久野

私もまだ届いてないです(笑)

安田

私は届きましたけど、すでにそこら中で売ってる。しかも非常に使いにくい。

久野

再検査に何億円もかけて。

安田

もうやめればいいのにって思います。この国では1回決まったことは絶対やらないといけないんですか。

久野

やめちゃうと誰かの責任問題になりますから。異常に撤回するのを嫌がります。

安田

現状に合わせて新しい仕組みをつくるのが、本来の政治家の仕事ですけど。

久野

そこは多くの経営者と同じ。コロナのほとぼりが冷めたら元に戻ると思ってる。

安田

本当に元に戻ると思ってるんですか。

久野

休業手当さえ国が補填してあげれば解決すると思ってる。いまだに金額の議論になってますから。

安田

金額の議論?

久野

上限を8330円から引き上げるっていう。

安田

そこじゃないんですけどね。

久野

現実的には世の中がガラッと変わりそう。会社はこの機会に雇用放出しようと考えるでしょうし。

安田

なぜ金額にこだわるんですか?

久野

自分たちは「できる限りのことをやってる」と見せたいんです。

安田

完全な責任逃れですね。申請を請け負ってる人が悪者扱いされたり。

久野

社労士事務所も結構言われてますよ。こんな大変なのに、お前らお金取るのかって。

安田

ひどい話ですよね。連帯保証までさせられるのに。

久野

「困ってるときはお互い様じゃないの」って。こっちはめちゃくちゃ時間もかけて調べてるのに。

安田

国が社労士に払えばいいんですよ。

久野

職員にも給料を払わなくちゃいけないですから。残業手当だの何だのってすごい金額なんですよ。

安田

そりゃそうですよね。

久野

そもそも国の設定する報酬ってすごく安いし。

安田

ちなみに助成金はもう出始めてるんですか。「もう閉めざるをえません」ってお店が出てきてますけど。

久野

何千件かは出てるという話です。

安田

何千件ぐらいじゃ話にならないですよ。

久野

問い合わせ自体が何十万件とあるので。今回の助成金は1カ月で出すことが前提なんですけど。

安田

え!1カ月以内に出るんですか?

久野

書類に不備がなければ。雇用契約書とか就業規則とか、そういった法定の書類を付けなきゃいけないんですけど。

安田

不備があれば突き返されちゃう?

久野

それもありますし、日頃の労働管理をちゃんとやってない中小企業が多いので。

安田

労務管理ができてない会社は「申請自体が難しい」ってことですか?

久野

そういうことになりますね。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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