泉一也の『日本人の取扱説明書』第25回「冒険野郎の国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第25回「冒険野郎の国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

日本は閉鎖的な村社会と言われているが、本来は進取の氣概を持つ民族性がある。なぜなら人類史的に見ると出アフリカ以来、東の果てのさらに荒海を越えて新天地を探し求めてきた冒険野郎が我々の先祖だからだ。未知なる世界に飛び込み、新しき環境を受け入れるDNAを持ちあわせているはずである。しかし、極東の島にたどり着き、豊かな自然と敵を近づけぬ自然の要害(海)に守られ安住してしまった。ちょうど大学受験で燃え尽き、合格後すっかり気がぬけた私の大学時代のようなものだ。長年、冒険野郎の遺伝子がOFFになっていたが、幕末期に西洋諸国からの外圧がトリガーとなり、スイッチがONになった。それから太平洋戦争までの進撃は説明するまでもないだろう。

太平洋戦争での敗戦後は武力ではなく経済でその冒険魂を燃やした。例えば、まったく日本市場のない戦勝国側の米国に乗り込み、日本製自動車に家電製品にそのシェアをガンガン伸ばしていった。こうした破竹の勢いで世界を制覇していく。しかし、1991年経済バブルが弾けた時、冒険野郎のスイッチがOFFになる。ショックをうけて閉ざした心の様に。

軍事と経済ではなく、新たな冒険領域を探しているのが今の日本だろう。その冒険領域が見つかった時、再び遺伝子のスイッチがONとなり、破竹の進撃が始まる。では、新たな冒険領域とはどこにあるのか。やはり幕末の頃の様に、そのトリガーとなる外圧が必要なのだろうか。いや次はもう外圧がトリガーとならない。なぜなら外の冒険はもう終わったからだ。外ばかりに価値を探していて見つからない時は、だいたい足元に価値がある。つまり鎖国し安住していた江戸時代、冒険をしていた領域があれば、それが大きなヒントになるのだ。

江戸時代、日本人が冒険していたのは、16,560軒という数字がヒントになる。3千万の人口に対して1万6千軒。現代日本に当てはめると人口が4倍なので、単純に4倍すると6万5千軒。コンビニの数より多い。その存在とは、「寺子屋」である。

ブルー・オーシャン戦略は、未知の新大陸を探しだす作業ではありません。
新たなブルー・オーシャンは今いるレッド・オーシャンの中に無数に存在するのです。

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