
本日は30代の会社員の方からご質問をいただいてます。いつも楽しく聴いています。自分の性格がよくわかりません。わかるためにはどうすればいいでしょうか?たとえば性格診断でも、自分の中の「こうありたい」「こうあるべきだ」が出てきて回答に迷いが出ます。普段の会話の中でも自分を律するような発言をすることが多く、それに気づき始めて、ちょっと疲れてきました。ということです。

どうなんでしょう。でも、性格っていうか、うーん、その人の本質みたいなもんというか、肉体も含めてね、体が柔らかいとか硬いとか、足が速いとかもひっくるめての、その人の本来のあるべき姿っていうか、性格だけじゃなく、そういうのが大事ですよね。「俺ってどんな物体なんだ?」っていうか「どんな存在なんだ?」というか。

(笑)悪いって自分が思ってる、まあ、一般的に性格があるじゃないですか。遅刻が多いとか、たとえばたとえば。それにめっちゃ自分が当てはまっちゃうけど、「それを人に言ったら嫌われちゃう」みたいなのを思って、「自分はそんなふうじゃない」みたいな感じで生活をしてるとか。

だから、お医者さんってエビデンスっていう積み重ねられたデータとか証拠がないと「これは正しい」っていうことを定義してくれないわけなんですけども、だけど、ストレスが体によくないって、生きてればわかるじゃないですか、僕ら。

病気になっちゃうし、体調も悪くなるし。だから、大事なのはですね、自分の性格がどうかっていう定義を明確に自分の中でクリアにすることよりも、自分があんまり気持ちよくない、精神的にやりたいと思わない、心が晴れないことをやらない、そういう人と付き合わない、そういう行動をしない、自分の心がより軽く快適になる人と付き合い、そういう仕事を選び、そういう遊びをするということが大事なんじゃないかなって気がします。

たとえばこの方のように「何々するべきだから」って思ってたら、嫌っていう気持ちにふたをしちゃうんじゃないかなと思うんですよね。自分で気づかないっていうか、嫌だと思ってることを「大したことじゃない」って思うというか。

うーん、なんとなく「こうありたい」「こうあるべきだ」が人の目とか社会的なポジションを気にしているようにも見えちゃうんですけど、僕だったら「こうありたい」とか、「できるだけ快適でありたい」とか、「できるだけ気持ちよくあるべきだ」とか、「楽するべきだ」とかって思ってるんで、捉え方の違いだけな気はするんですけどね。

はい。自分の心が何を望んでるかがわからなくなっちゃうと、やっぱ、しんどいですよ。そうなっちゃうのは、自分の心を我慢させたりするからだと思うんですよね。自分の心が傷つくとか嫌がってることはしないほうがいいですよ。何がいちばん大事かって、自分の心がいちばん大事なんで。と私は思うんですが。

人の悪口言うのがめちゃめちゃ楽しいと。だけど、「人の悪口言っちゃいけないよね」って世間的には言われています。たとえばツイッターで「バッシングとかもよくないよね」と言われていますが、めちゃめちゃ楽しいと。それはどうですかね。

その人が気づかないようにする分にはいいんじゃないですか。人の悪口言わない人なんていないし、「人の悪口言ったことありません」みたいな人はあんま信用できないというか。相手を傷つけるっていうのはよくないんですけど、人に迷惑かけないんだったら、僕はべつに何やってもいいと思うんですよ。家でひとりで誰かの悪口言うとか、友達と2人で第三者の悪口を言いまくって酒飲むとか、ぜんぜん健全じゃないですか、そんなの。それをネットとかに書き込んで本人が見えるようにするとかいうのは、よくはないですよね。

企業理念みたいなもんですよね。「念」なんで。「念」とか言われてもよくわからないようなもんで。心とかと一緒なんで、わからないですよね。それよりは、「性格がなんなのか」っていう定義を考えれば考えるほど面倒くさくなっちゃうんで。

犬とか猫だったら、「この子、こうやってやってあげると気持ちよさそうだな」とか、「こうやると嫌がってるよな」みたいなのってあるじゃないですか。あれと同じように自分を扱えばいいだけだと思うんですよ。他人のように。

どうもありがとうございました。
*本ぺージは、2020年2月25日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。音声はこちらから
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