
いやぁ、ちょっと老後のことばっかり考えてますね。えーと、まあ、特に70代になって80代になったときに、自分が何者か忘れちゃう可能性がめちゃくちゃに高くって、そのときに後悔しないように、いま、どんどんやりたいことをやるのかなとは思ってます。

そうなんです。その際に、やっぱり見ていると、忘れちゃうんですよね、自分が何者だったか。自分が起きた瞬間に、どんなやつだったかとか、名前とか、住んでる地域とかもそうですし、仕事には行くけど何時に起きればいいかなって夜中とかに質問されたりとか。そういうのを見てると、なんか切ないというかですね、「そうなる前に……」みたいな気持ちが強いです、いま。

何者でもないように見えちゃうわけではないんですけど、忘れていかれている姿を見て、なんか、こう、どうもこっちはしてあげられないし、自分と重ね合わせてしまうことがどうしてもあるんですよね、そうなると。

はい。どっかにゴールがあるわけじゃなくて、毎日死んでいく自分がいて、死んでいくっていうことを実感しながら「今日はつまんない死に方したなあ」っていうことをきちんと受け止めて生きていくというか死んでいくというか、それの積み重ねなんじゃないかって気がしますけどね。

そういう「ただただ寝ちゃった」とか「ゲームしちゃった」とかっていうことも、また人生の一部なわけで、それをきちんと受け止めて、目をそらさずに生きていくというか死んでいくというか、それが唯一大事なことな気がするんです。

うんうん。それで、楽しくなのかどうなのかわかんないですけど、1日1日ちゃんと受け入れていれば、そこまで「あれしとけばよかった」とかいうことはないかもしれないし、思っても「べつにいいか」ってことなんですかね。

うん、いいんですよ。「つまんない1日を今日も終えてしまった」ということを積み重ねて70歳まで来て死んだらべつにそれでもいいし、それを振り返らずに70歳になって、いきなり70年分を振り返るから、すごいがくぜんとするんだと思うんですよね。

いや、たぶん私が焦っていたのは、自分が急にいまの状態からパッと70歳になった、80歳になったときに、きっと後悔するなと思ったんですけど、ひとつひとつを受け止めることで、たしかに………「これでいいんだ」って思えたら、結構毎日ハッピーですね。と、いま思いました(笑)

一方で、「俺ははたして生きてる意味あるんだろうか?」って思ってるような、悩んで生きてる人がいて、僕はどちらかというと、自分の生きてることとか命とかを悩んで生きてる人のほうが、ちゃんと生きてるように見えるんですね。

なんでしょう、「趣味はゴルフと仕事」みたいなことで、「会社の売上が伸びてればハッピー」みたいな、べつにその人生を僕は否定しませんけど、ただ、まじめに生きてんのはどっちかって言われたら、悩みながら生きてる人のほうが、個人的にそういう生き方のほうが好きですね、僕は。くよくよしつつ、「でも、もうちょっと、のほほんと生きたいよな」なんて思いながらも、やっぱり悔やんじゃったりとか落ち込んだりというのが人生の醍醐味なわけで。
*本ぺージは、2021年4月13日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。音声はこちらから
ポッドキャスト番組「安田佳生のゲリラマーケティング」は毎週水曜日配信中。