第125回 勤務医と開業医の未来

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第125回「勤務医と開業医の未来」


安田

ちょっと前ですけど。東京女子医大で100人のドクターが一斉に退職願を出しました。

久野

私は開業医の先生と付き合いが多いんですけど。勤務医って超激務だそうです。

安田

こんな時代なのに。

久野

だいぶ変わったって言ってましたけど。

安田

改善されてきてる?

久野

だいぶ良くなったけど、それでも超激務なんだと。一般企業では考えられないぐらい激務なんだと思います。

安田

東京女子医大って評判が悪いですよね。不正があったりミスをごまかしたり。

久野

そういうニュースが続いてますね。

安田

業績が悪化して「給料を減らす」という流れでしょうか。

久野

減らすわけじゃないんですよ。もともと勤務医さんって激務のわりに給料が安くて。

安田

ひどい仕事ですね。

久野

休みの日に他の病院でバイトして生活費を稼いでるんです。

安田

なんと!

久野

それだけで月30万ぐらい稼いでまして。何とか生活できてる。

安田

へえ〜。

久野

だけど今回それが労働法の関係で禁止されちゃって。

安田

副業が禁止されたってことですか?

久野

副業も含めて労働時間が制限されたんです。副業するならそのぶん本業の時間を減らしますよと。

安田

その場合は給料も下がるんですか?

久野

減らした分だけ下がります。

安田

副業したら本業の給料が減るし、本業だけだと生活できないし。

久野

そうですね。だからみんな辞めちゃった。

安田

こうなることは予想できたと思うんですけど。医師がいなくなったら成り立たないのに、なぜそんなことをしちゃうのか。

久野

労働法の縛りで時間外の上限規制というのがあるんです。安全配慮義務みたいな。

安田

安全配慮義務?

久野

たとえば安田さんの会社の社員が、深夜コンビニで働いて倒れちゃった。これも安田さんの会社の責任になるんです。

安田

恐ろしい。だから副業を禁止せざるを得ないわけですね。

久野

はい。

安田

だけど100人も辞められて病院は困らないんでしょうか。

久野

現場は大変だと思います。残った人にも皺寄せがいって。

安田

ですよね。副業を辞めさせるなら本業の給料を増やさないと。

久野

病院って経営スタイルによって、お医者さんに払うお金が全然違うんですよ。

安田

どういう意味ですか?

久野

たとえば東京女子医大は給料が安いけど技術力は高い。つまり「ウチで修行させてやってる」という経営陣の慢心があったわけです。

安田

多少収入が減っても辞めないだろうと。

久野

そう思ってたんでしょうね。

安田

だけど一斉に100人も辞めちゃった。現場はもう回らないでしょ?

久野

そう思います。

安田

じゃあ今後は給料を増やすことになる?

久野

増やすとしてもちょっと遅すぎですね。給与上げるから帰ってこいって言われても戻ってこない。もともと稼げる人たちなので。

安田

辞めた人は戻ってこないでしょうね。

久野

生活に困っていて、就職先もなければ戻ってくるでしょうけど。普通に考えたら100人も医師がマーケットに出たら、もの凄いハンティングが来ます。

安田

働く場所なんていくらでもあるでしょう。

久野

はい。もう1回やり直すしかないと思う。

安田

もう1回やり直すとしても100人採れますか。

久野

とんでもないコストと時間がかかるでしょうね。評判もかなり落ちちゃいましたし。

安田

給料をケチったせいで逆に高くついちゃった。

久野

はい。相場よりも高く払わないと来ないでしょう。

安田

それで病院経営は成り立つんでしょうか。

久野

厳しいでしょうね。コロナで病院の売上も落ちてるみたいですし。

安田

おじいちゃん、おばあちゃんが、コロナで来なくなっちゃったみたいですね。

久野

とくに大きな病院って生産性が低いんですよ。ハードがでかくてコストが高いから。

安田

へえ〜意外ですね。

久野

言い方が悪いですけど、高齢者の人がたくさん来ると3分で診療終われないじゃないですか。

安田

大きな病院って流れ作業みたいになってますけど。

久野

流れ作業なんだけど流れてない。

安田

なるほど。それはしんどい職場ですね。

久野

はい。

安田

辞めた100人の中から開業する人も出てきますか。

久野

出てくると思います。でも意外とその割合は高くないです。

安田

開業した方が儲かりそうなのに。

久野

間違いなく儲かります。

安田

なぜやらないんでしょう?安定思考なんでしょうか。

久野

そもそも稼ぎたいという人が少ないです。開業する人もお金目的じゃなかったりします。

安田

じゃあ何が目的なんですか?

久野

地域医療のために開業しようとか。お医者さんのホスピタリティってすごいんですよ。

安田

へえ〜。

久野

ただ勤務医がこれだけハードになると、開業医に流れていく人は増えると思います。

安田

そりゃそうですよ。

久野

じつは国もそれを推奨していまして。軽い症状の人はなるべく開業医に診てほしい。

安田

難しい病気だけを大病院で診るとか。

久野

はい。今の状態はかなりいびつですから。レベルの高いお医者さんが風邪の患者を診てる。トップ営業マンが小さなお客さんに張り付いてる感じ。

安田

効率悪すぎますね。

久野

ただ開業医がどんどん増えるとビジネスは厳しくなります。医療費は抑制する方向ですから。

安田

確かに。東京の歯医者さんなんてコンビニより多いですもんね。

久野

いずれは一般企業と同じようにセグメントしていくことになります。

安田

得意分野を絞ってエッジを効かせる感じですか。

久野

それができない医院は生き残れなくなるでしょうね。

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから