第232回 ズレていく退職金

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第232回「ズレていく退職金」


安田

シャープが55歳の管理職に早期退職を求めてます。給料6か月分が退職金に上乗せされるそうです。

久野

これは仕方ないでしょうね。

安田

でも「少なすぎる」ってネットで批判が起こってますよ。

久野

ぜんぜん現状がわかっていないです。

安田

シャープは台湾企業が買収して業績好調だった気がしますけど。

久野

シャープは今年の春闘で赤字だったのにベースアップしてるんです。

安田

赤字なんですね。にも関わらずベースアップしてると。

久野

そうです。上げていかないと若い人材が採れないから。

安田

つまり若手のベースアップをする分、上の高い人に辞めていただくと。

久野

そういうことですね。ただ今回は希望退職ですけど。

安田

希望しますかね? 55歳以上の転職って難しいじゃないですか。ネットには「たった6か月の上乗せで誰が辞めるんだ?」って書かれてます。

久野

だから、そういうことを書く人たちは現状がわかってないんです。

安田

現状とは?

久野

会社が赤字だったら管理職は切らなきゃいけない。言ったら怒られそうですけど、それが普通なんですよ。

安田

理屈はそうでしょうけど、みんなサラリーマンじゃないですか。現実問題として6か月分で辞める人はなかなか出てこないでしょう。

久野

確かに大手の相場としては少ないと思います。

安田

もうちょっと待ってたら10か月ぐらいに増えるかも。

久野

いやあ増えないでしょう。次は強引に退職勧奨してくると思います。

安田

ちょっと前は5000万ぐらい上乗せされてましたよね。

久野

大手ではよく見かけましたけど。もう過去の話で、会社にもだんだん余裕がなくなってきてます。

安田

じゃあ6か月で辞めないんだったら退職勧奨だと。

久野

と思います。じつは収益が高い大手も裏でリストラしてるんです。

安田

なんと!収益が出てるのにリストラするんですか。

久野

儲かってる会社は2年分ぐらい年収を上乗せしてます。将来のコストを考えて今のうちにどんどん減らしたいので。

安田

儲かっているうちに辞めた方が得だってことですか。

久野

はい。赤字になった会社は普通に考えて6か月ぐらいじゃないですか。逆にもっと悪くなっていく可能性もあります。

安田

いま応募しておかないと5か月になり、4か月になる可能性もあると。

久野

そうですね。2か月とか。続けても給料は上がらないし、むしろ下がっていくよと。提示される条件がどんどん悪いほうにいく可能性が高い。

安田

「辞めさせたいなら最低1年だろ」「2年分ぐらい払って当然だろう」とネットには書かれてます。その感覚自体が「ズレてる」ってことですか。

久野

ズレてますね。錬金術じゃないんですから。どこかから出てくるんですか?そのお金は。

安田

今まで貢献した利益から出るんじゃないですか。

久野

これまで働いた分の給料はちゃんと払っているわけで。

安田

でも大企業って「若いときは安くて後半に上がっていく」パターンじゃないですか。

久野

もうそういう時代は終わりです。そんなことやってたら若い優秀な社員がどんどん転職してしまうから。

安田

これからは若い人にも仕事に見合った報酬を出すようになると。

久野

そうせざるを得ないでしょう。

安田

だけど、そのコストを捻出するためには上の人を下げるか、整理するしかない。

久野

そうなんですよ。

安田

久野さんだったら、黙って6か月分受け取って辞めますか。

久野

もっと早く辞めてると思います(笑)6か月でも多いほうですよ。中小企業だったら相場は2か月ですから。

安田

中小企業は退職勧奨したらすぐに辞めちゃうでしょう。

久野

いや、そんなことないですよ。要は転職できるまでのスピードなんです。

安田

転職できるまでのスピード?

久野

健康に不安があるとか、仕事に自信がない人ほど、なかなか辞めてくれないです。

安田

なるほど。すぐに転職できる自信があれば辞めると。

久野

そういう人には退職勧奨しないでしょうけど(笑)

安田

確かに。どこでも稼げる自信のある人だったら、自社でも欲しいですよね。

久野

仮に退職勧奨しても、そういう人はまったく揉めないです。

安田

だから「できる人」から辞めていくんですね。

久野

そりゃそうですよ。「未来がない」って感じたら自信がある人から辞めます。

安田

でも会社としたら、できない人ばかり残られても困ります。

久野

だから裏で手を回すんです。希望退職を募る前に「おまえは辞めるなよ」って言っておかなきゃいけない。

安田

なるほど。辞められたら困る人を先に押さえてから、希望退職を募ると。そのあとが退職勧奨。今回のシャープもそんな感じですか。

久野

希望退職って聞こえはいいですけど集団退職勧奨なので。足りなければ1人ずつ個別に指名していく。そういう意味ではもう退職勧奨は始まってます。

安田

個別に退職勧奨すると辞めちゃう人のほうが多いみたいですね。

久野

多いですね。

安田

会社に期待されていないというか。「辞めたほうがいいんじゃないの?」って言われて働きつづけるのは辛いですもんね。

久野

精神的に病んでしまいますよ。

安田

しがみつくんだったら割り切るしかないでしょうけど。

久野

そこまでしなくても、いまは働く先がありますから。

安田

ありますか?「50過ぎたら転職は厳しい」って言われてますよ。

久野

ノウハウやスキルを持っている人は、55歳以上、60歳以上でも採用する会社が増えてます。

安田

それって中小企業ですよね。

久野

そうです。

安田

大手で働いていた人が中小企業に行くのは難しくないですか。

久野

そんなことないです。中小企業は仕事がシンプルなので。ガッツがあれば何とかなる。

安田

ガッツでいけますか(笑)大企業でもらっていたほどの年収はもらえないでしょう?

久野

ガッツだけでは無理ですね。

安田

じゃあ転職して年収が下がるのは仕方がないと。

久野

ビジネスモデル的に平均年収は低いです。けど実力があれば中小企業のほうが出世する可能性は高いです。大手みたいな派閥もないですし。

安田

どうやったら出世するんですか?社長に気に入られるためにゴマをするとか。

久野

いやいや(笑)会社のビジョンに合ったことをやる。そして成果を上げる。中小企業はやったことがわかりやすく数字に反映されるので。いちばん社長に気に入られます。

安田

そういう意味では中小企業のほうが実力主義ですよね。

久野

中小企業は実力主義です。そうじゃなきゃ成り立たないです。

安田

確かに。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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