このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『サタデー・ナイト・フィーバー』に見る働き方改革
ジョン・トラボルタをスターに押し上げ、ビージーズに再びスポットライトをあて、空前の大ヒットを記録した映画『サタデー・ナイト・フィーバー』。ビージーズのサウンドトラックは全米で24週第1位となり、ディスコブームを牽引した。日本でも1978年に公開され大ヒットを記録。サウンドトラックや映画だけではなく、「フィーバー=熱狂する」という言葉も流行語となった。
白いスーツを着て、腰を落とし、片方の手を突き上げる決めポーズが有名だが、この映画はダンスシーンばかりの映画ではない。当時の若い労働者の暮らしを描き、貧しいブルックリンと、裕福なマンハッタンを描き、当時の経済的な格差を問題提起した作品でもあるのだ。
ブルックリンのペンキ屋で働くトニー(ジョン・トラボルタ)は、安い賃金で日々働いている。家に帰ればイタリア系移民の家族は狭い家で不満と不安で押しつぶされそうだ。父は失業し、神父となった兄は帰ってこない。母は父を卑下し、父は踊ってばかりいる息子が気に入らない。しかし、まだこの時代の家族には互いの頭をたたき合うくらいの愛はある。トニーは安い賃金で働きながらもちゃんと食費を家に入れ、お金の工面をしながらディスコに通っている。
やがて、トニーは仲間たちとつるんで馬鹿なことばかりをしている日々から抜け出そうと考え始める。自分に出来ることは何か。そう考えたとき、彼にはダンスしかなかった。次のダンスコンテストに優勝し今の生活から抜け出すために、トニーはこれまでのパートナーだったアネットを捨て、年上の女・ステファニーと組むことを決める。ステファニーはブルックリンの生まれだが、いまはマンハッタンに住むエリート。トニーはステファニーを鼻持ちならないと思いながらも、その上昇志向もあって惹かれていく。
この映画の中で私が好きなのは、ペンキ屋の社長とトニーの関係だ。トニーが真面目に働いてくれるので社長は賃金を上げてくれる、という場面がある。トニーは大喜びするのだが、社長は「そんなわずかな昇給で喜ぶな」と困惑する。ここに社長の人の良さが滲み出る。そして、わずかな昇給で大喜びするトニーを心配するのだ。だが、トニーは「上げてくれるということがうれしいんだよ」とこちらはこちらで人の良さを全開して笑顔を浮かべるのだ。
しかし、ダンスコンテストに向かう日、休暇の件でトニーと社長は言い争いをしてしまう。ふてくされて出て行くトニーはクビになったと思い込んでいる。しかし、その後、店を訪れたトニーに「金が必要なら、また働けばいいじゃないか」と社長は声をかける。「クビにした覚えはないよ」という社長にトニーは笑顔で礼を言うのだ。
ちゃんとした契約もなく、日々忙しく働いて、貧しく慎ましやかに暮らしているのはトニーも社長も変わらない。それは経済的に格差が大きくなってしまった日本の中小企業も同じだ。しかし、この映画の中のトニーはダンスがあればなんとかなるかもしれないと思っている。ペンキ屋の社長は人間関係さえしっかりしていればなんとなると思っている。だから、彼らには後腐れがないのだ。許すと言えば後腐れなく許す。許された方も悪びれずすぐに働き始める。
もしかしたら、ここが日本の経営者や労働者がいちばん苦手としているところなのかもしれない。ワーキングシェアや非正規雇用など、従来の信頼関係だけでは仕事が進められなくなっている。ルールを決め、そのルールに則った仕事が求められる。人間関係がギスギスして互いを信じられなくなる。そして、いろんなプロジェクトに破綻が生まれる。まずは相手を信頼して、多少のことは後腐れなく許す。そして許されたことに感謝して、後腐れなく働く。それこそが働き方改革につながるのではないか。そのために具体的に何をすればいいのかはわからないのだけれど、そのための何かを考えなければならない時期に来ているのは確かだと思う。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。