経営者のための映画講座 第17作目『オール・ザット・ジャズ』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『オール・ザット・ジャズ』の愛と執着。

ボブ・フォッシーといえば、『スイート・チャリティー』や『キャバレー』などのミュージカルの演出家であり振付師である。『シカゴ』もフォッシーの原作なのだが、彼は映画監督としても優れた作品を数多く輩出している。そんなフォッシーが1979年に完成させ、1980年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得した作品が『オール・ザット・ジャズ』だ。この作品は病におかされ死期を悟ったフォッシーが、必ず完成させると執念を燃やした作品だと言われている。

主人公はブロードウェイのミュージカルの演出家であり映画監督でもあるジョー・ギデオン(演じているのはロイ・シャイダー)。彼は成功を収めていて、ショービジネスの世界にどっぷりと浸かり、酒と女と仕事と鎮静剤と煙草の毎日である。そう、この映画の主人公は見事にボブ・フォッシーの分身なのだ。映画の中のジョーもやはり死の病に冒され、常に死の幻影である美女(ジェシカ・ラング)につきまとわれる。しかし、それでもジョーは目の前の仕事に全力で取り組み、目の前の女を愛し、娘を溺愛する。映画はそれを深刻に描くのではなくユーモアを交えて観客を楽しませてくれる。つまり、この作品はフォッシー版の『81/2』なのである。

ミュージカル映画のように思われがちだが、この作品は真の意味でミュージカルではない。ミュージカルの演出シーンと主人公の回想や妄想以外はすべて普通の劇映画として撮影されている。私はそこにフォッシーのこの映画に賭ける意気込みを感じるのだ。あくまでもミュージカル部分は、主人公の仕事として(または妄想として)描く。それ以外のシーンは、ミュージカルを「創り出す」パートとして、あくまでも写実として描かれているのだ。

最大の山場はジョーが死の間際に自分自身の死をショーとして観客に提示する場面だ。さすがボブ・フォッシー。舞台としてのミュージカルを作り上げ、それを映画監督として切り取っていく手腕は見事としか言いようがない。この場面を見るだけでも、この作品を観る価値はある。しかし、私が強く印象づけられているシーンが二つある。ひとつは、ちょっと生意気になり始めた娘と二人で、ダンスのレッスンをしているシーン。そして、もうひとつが出演者たちに振り付けをしている最中に、彼らに見つめられるシーンだ。これでいいのか、出演者たちはジョーのジャッジを仰いで彼を見つめる。しかし、彼にはまだ答えがない。この時の恐怖におびえるようなジョーの表情が本当にいい。

娘にも妻にも、そして、出演者たちにも彼は明確な答えを持たない。ただ、そのとき自分が出来ることをするしかない。仕事を精一杯するよりも他に生きる術がない。ジョーには生き方を変えることはできないのだ。だから、精一杯、彼は目の前のものを愛する。キャパを超えても愛し続け体が壊れても愛し続ける。

そういえば、新作ミュージカルに出演するブロンド娘と寝るときに、ブロンド娘は言うのだ。「私、映画スターになれるかしら」と。すると、ジョーは困った顔で答える。「無理だと思う」と。寝たければ、「俺がスターにしてやる」と言えばいいようなものだが、彼は言わない。仕事をするために生きているのだ。仕事に嘘はつけない。だから、彼は正直に「なれないと思う」と答える。すると、ブロンド娘が言う。「寝たい?」と。もちろん正直なジョーは、うなずく。

何度かこの作品を見直していて、ここにジョーが女たらしでも愛した女から憎まれない理由があるのかと気付いたのだった。どんなに破天荒でも、どんなに無謀でも、そして、目の前に死ぬほど抱きたい女がいても、彼は自分の仕事には嘘をつかなかったのだ。

経営者のみなさん。見せかけの破天荒じゃ、人はついてこない。自分の仕事に絶対に嘘をつかなかったからこそ、リーダーとしても人としても彼は、呆れられながらも、愛され続けたのである。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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