第7回 ケーキ屋とパン屋、始めるならどっち?

この対談について

地元国立大学を卒業後、父から引き継いだのは演歌が流れ日本人形が飾られたケーキ屋。そんなお店をいったいどのようにしてメディア取材の殺到する人気店へと変貌させたのかーー。株式会社モンテドールの代表取締役兼オーナーパティシエ・スギタマサユキさんの半生とお菓子作りにかける情熱を、安田佳生が深掘りします。

第7回 ケーキ屋とパン屋、始めるならどっち?

安田

前回の対談では、ケーキ屋『ハーベストタイム』のすぐ近くにできた空き店舗で、パン屋『スギタベーカリー』を始めることになった経緯についてお聞きしましたね。


スギタ

はい。競合店に出店されないために多業態展開を決めて。

安田

ケーキ屋さんとそれほど違いはないだろうとパン屋さんを始めてみたら、実際は作る過程から根本的違っていて衝撃を受けたと(笑)。


スギタ

ええ(笑)。中でも、「パンの中身の具材は全て問屋さんから仕入れるものだった」ということに驚いて。

安田

その話を聞いて、むしろ私は逆に驚いたんですよ。「じゃあケーキ屋さんは全てを店舗内で作っているの!?」って。クリームとかジャムを手作りするのはなんとなくわかるんですが、たとえばモンブランに乗っている栗。ああいうのも手作りするわけですか。


スギタ

ああいう甘露煮みたいなものは仕入れているところもあるかもしれませんね。でも、蒸し栗を仕入れてシロップ漬けにするのは自店でやったり、生栗の状態から全て自分で加工する方も多いと思います。

安田

なるほど。一部の例外はあれど、基本的にはすべて手作りしていくのがケーキ屋さんだと。


スギタ

はい。そもそも僕はケーキ作りって、「エンジニアリング的な側面」があるなぁと思っていて。

安田

ほう、それはどういうところが?


スギタ

まずはレシピという設計図を綿密に計算して作る。そしてそれが完成したら、一切の例外なくレシピ通りに作っていくんです。レシピ通りに作れば必ず同じ味が再現できる。それが「ケーキ作りの肝(キモ)」なんですよ。

安田

ふーむ、でもケーキに限らず、料理なんてレシピ通りに作ったらみんな同じ味になりませんか?


スギタ

そうでもないですよ。フランス語で「ア・ラ・ミニッツ(最後の仕上げ)」という風にも言ったりしますが、最後の火の入れ具合とか、一振りの塩加減とかで、出来上がりが微妙に変わってきます。

安田

ケーキにはそういう「最後のアレンジ」のようなものはないということですか?


スギタ

もちろん「クリームブリュレの表面をバーナーで炙る」というような「仕上げ作業」はありますけど、基本的に全ての味が一緒になるように作っていて。だから料理のように1皿1皿ちょっとずつ違うということはないですね。

安田

なるほどなぁ。


スギタ

説明書に沿ってプラモデルを組み立てていくかのように、ケーキ作りをしているので。そういう意味でもすごくエンジニアリング的な作業だと思っているんです。

安田

ああ、プラモデルというのはわかりやすい例えですね。そう言えば「ケーキ作りは計量が命」だって聞いたことがあります。


スギタ

まさにそうなんです。1グラム単位でキッチリとレシピ通りにしておかないと、出来上がりが全く違うものになってしまいますから。

安田

それで言うと、私はパンにもそういうイメージがありました。小麦粉とかイースト菌の計量をして、生地を寝かす時間もキッチリ揃える。そういう意味では、ケーキ作りもパン作りも根本的には同じなんじゃないですか?


スギタ

僕も最初はそう思っていました。でも熟練のパン職人の方ほど「自分たちが作っているわけじゃないんだ」って仰るんです。

安田

ん? というと?


スギタ

酵母が働いてくれた結果としてパンになる。だから自分たちはその働きをいかに邪魔しないのかが重要なんだって。つまり「パン職人にできることは、実はほとんどないんだよ」ということみたいです。

安田

へぇ。なんだかすごい話ですね。どこか日本酒作りにも似ている気がします。


スギタ

仰る通りです。パンも発酵食品ですから、お酒や漬物を作る感覚とすごく近い。いかに「酵母たち」のためにストレスなく心地よい状態を作ってあげられるかが重要で。そうするとことで「パン生地たち」が気持ちよく焼けてくれる。

安田

ははぁ、なるほど。パン職人は、あくまでも「酵母」や「パン生地」をサポートする立場だと。


スギタ

そうですそうです。それまでエンジニアリング的にケーキを組み立てていくことに慣れていた僕にとっては、そういう部分も新鮮でしたね。

安田

そうか。ケーキは完成形のイメージを最初に作って、そこに向けてケーキ職人側が主導権を持って作り上げていくわけですもんね。


スギタ

そうなんですよ。もちろんパン作りにおいても、最終的な焼き上がりを想像することは大事です。その理想的な完成形に向けて生地の分割・成形・焼成をしていくわけなので。でも想像通りの仕上がりになるかどうかは、正直、出来上がるまでわからない(笑)。

安田

笑。確かに、お店に並んでいるケーキって全部均一ですけど、パンは1つずつ違っていたりしますもんね。


スギタ

仰る通りです。パンは、毎回同じように作っていても、その日の気温や湿度によっても微妙に変わってきますから。

安田

へぇ、面白いなぁ。ちなみに商売としてはどうですか? ケーキ屋とパン屋で何か決定的な違いはありますか?


スギタ

店舗を構えて商品を売るという「売り方」の面ではほぼ同じです。でもお客様の「お店の利用方法」は根本的に違いますね。ケーキ屋さんは「ハレの日」の利用がほとんどだから、よっぽどのヘビーユーザーの方でも1〜2ヶ月に1回程度の来店頻度で。

安田

なるほど。日常的な利用と数ヶ月に1度の利用だったらだいぶ違いますね。そう考えると顧客数も全然違うんじゃないですか?


スギタ

はい。ウチのお店で言えば、スギタベーカリーのほうがハーベストタイムの3倍の顧客数です。

安田

3倍ですか! じゃあパン屋さんの方がものすごく儲かりそうですね(笑)。ケーキ屋さんとは違って1年中売れるわけだから。


スギタ

そう思いますよね? 僕もパン屋とケーキ屋をやることで、閑散期が平準化すると思っていたんです。パンとケーキで、1年を通してずっと「いい感じに忙しい」状態にしたかった。でも実際は、ケーキ屋さんとパン屋さん、忙しい時期が丸かぶりしていまして(笑)。

安田

笑。ということは毎日食べるパンにも「よく売れる時期」と「全く売れない時期」があったんですか?


スギタ

はい。パンもケーキも、12月とか春先の需要がすごく高く、逆に夏場はほとんどニーズがなくて。それは実際に2店舗を回し始めてから気づいたことなんですけど。

安田

そうだったんですね。ちなみに原価率はどうですか? どちらも小麦粉とか卵、砂糖など使用する材料は近しいですよね。でも単価でいうとケーキの方が高いイメージがあります。


スギタ

確かにケーキの方が単価は高いです。というのも、生クリームや果物が高いんですよ。でも原価率で言えば、ウチは両店舗ともほぼ変わりませんね。

安田

ほう。ということは3倍お客さんがくるパン屋さんのほうが儲かりそうですね。


スギタ

それがそうとも言えなくて(笑)。パン屋ってすごく「労働集約型」で、ものすごく手がかかるんですよね。その日に焼いてその日に全て売りきらなければいけないし、計画生産も難しいし…。

安田

ああ、なるほど。ケーキ屋さんの3倍お客さんがくるから3倍儲かるというわけじゃなくて、逆に3倍働かないと同じ利益が出ない、という感じですか(笑)。


スギタ

そうですね、そんな感じです(笑)。

安田

では今、ケーキ屋さんかパン屋さん、どちらになろうか迷っている人がいたら、スギタさんはどちらをオススメしますか?


スギタ

うーん、難しい質問ですね(笑)。まずはウチで実際に働いていただきながら、ケーキとパン、どちらがご自分に合っているのか確認していただけるといいかもしれません!(笑)

安田

なるほど(笑)。では、スギタさんの元で働いてみたいと思った方は、ぜひこちらまでご連絡してみてください!


対談している二人

スギタ マサユキ
株式会社モンテドール 代表取締役

1979年生まれ、広島県広島市出身。幼少期より「家業である洋菓子店を継ぐ!」と豪語していたが、一転して大学に進学することを決意。その後再び継ぐことを決め修行から戻って来るも、先代のケーキ屋を壊して新しくケーキ屋をつくってしまう。株式会社モンテドール代表取締役。現在は広島県広島市にて、洋菓子店「Harvest time 」、パン屋「sugita bakery」の二店舗を展開。オーナーパティシエとして、日々の製造や商品開発に奮闘中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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