第275回 人気企業とブラック企業の境目

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第275回「人気企業とブラック企業の境目」


安田

ついに初任給40万円を超える会社が出てきました。

久野

そうですよね。

安田

ただその中に固定残業代が80時間も入っている会社があって。「長すぎる!」と叩かれてます。これって問題ないんですか?

久野

残業には上限規制というものがありまして。1年間で360時間しか残業しちゃダメなんですよ。原則は。

安田

それ以上は違法ってことですね。

久野

「特別条項付きサブロク協定」というものを出せば延長できます。ただ普通に考えると80時間も固定残業がついている時点でダメですね。

安田

違法ってことですか?

久野

それだけでは違法じゃないんです。ただし毎月80時間残業しているとすれば違法です。36協定違反になります。

安田

80時間分の時間外手当をつけるだけならオッケーだと。

久野

オッケーだけど、本当に毎月80時間フルに残業させると違法になるということです。

安田

なるほど。じゃあ法律の範囲内に年間の残業時間は納めなくちゃいけない。

久野

そうです。この会社の場合は戦略上「人が集まりやすいように」金額を大きく見せてるけど、結局は固定残業だよねっていう。

安田

俗に言われる「かさまし初任給」ですね。

久野

そう言われても仕方がないでしょうね。けど、仮に残業時間が短かったりすると「割りはいいよね」ということになるかもしれない。

安田

なるほど。実際どうなのかってことですね。

久野

はい。中身はわからないので。残業ゼロで20万円の会社よりは、40万円で残業15時間とか20時間だったらいいよねって話になります。

安田

でも実際に残業させないなら、なぜそんな固定残業代をつけるんですか? 

久野

採用に有利だと考えているのとコストが安定するから。ただ固定残業をつけるということはそれなりに残業もあると思います。

安田

実際に採用では有利になるんでしょうか?

久野

そういう時期もあったんですけど。今はもう一般的に「固定残業」「みなし残業」ってめちゃくちゃ不人気です。

安田

やっぱりそうですか。

久野

サイバーエージェントやDNAのような人気企業なら、あっても別に問題ないんです。だけど無名の企業が真似して固定残業を増やすと人が来なくなります。

安田

普通の会社は固定残業抜きで初任給を増やさなくちゃダメだと。

久野

そうしないと人が来ないですね。

安田

サイバーエージェントは採用力もあるし元々ハードワークがウリですもんね。「ここで力をつけたい」という人が来るので。

久野

そういう人に来てほしいしってことでしょうね。資金力もあるよっていう見せ方。だけど中小でこれをやるとブラックにしか見えない。

安田

普通の中小企業は固定残業なんて付けない方がいい。

久野

はい。安く見えても入れない方がいいです。ブラックだと思われるだけなので。

安田

残業したら「ちゃんと残業代が出ます」という表記の方が求職者の受けはいいと。

久野

笑い話みたいですけど「残業代はしっかり支給します」と書いた方が人は集まります。

安田

元々残業代を払っていなかった会社が苦肉の策として固定残業を付けるんでしょうね。

久野

そういう会社が多いです。でも結局どこかで固定残業の金額を減らしていくしかない。減らした分だけ給与にのせていくしかない。

安田

時間をかけて辻褄を合わせていくしかないと。

久野

そうです。ただ後から修正していくほうが大変なんですよ。だから出来る限り固定残業なんかつけない方がいい。

安田

固定でつけた方が「残業させやすい」というのもあるんじゃないですか。

久野

付けたってどうせ残業なんてしなくなります。

安田

そうなんですか。

久野

頑張って残業させても20時間とか30時間が限界じゃないですか。働かせすぎると人が来なくなるから。

安田

サイバーエージェントみたいに「スキルアップのために自ら喜んで残業する」という人を採るほかないですね。昔のリクルートもそうでしたけど。

久野

働く人がオッケーであればアリだと思います。ハードワークの会社は一部の人にすごく人気があるので。ただ求職者に人気がある会社じゃないと破綻します。

安田

採用力のない会社は真似しちゃいけないってことですね。

久野

絶対に真似しちゃいけないです。こういうニュースを鵜呑みしてやるとブラックにしか見えない。誰も来なくなります。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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