【最終回】これからの採用が学べる小説『HR』:エピローグ(SCENE: 057)

HR  エピローグ 執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

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エピローグ


 

HR特別室での“研修”が終わった翌週の月曜、俺はどこかぼんやりした心地で東京駅に降り立った。

駅から徒歩数分の巨大なオフィスビル。BAND JAPANのあった六本木のビルに勝るとも劣らない大きなエレベーターで上階に向かい、一週間ぶりに営業一部のオフィスに向かう。その立派なエントランス、広い廊下、今風の設えを前に、思わず苦笑いが浮かんだ。雑多な新橋、飲み屋街ど真ん中の雑居ビルにあったHR特別室とはまるで別世界だ。もちろんここには、オフィスのど真ん中に真っ赤なソファが置かれていることもなければ、そこでぐうぐうイビキをかく室長の姿もない。

一週間ぶりに戻ってきた“職場”だ。

さすが営業一部というべきか、始業までまだ1時間近くあるのに既に大勢の社員が出社してきていた。だが、俺はすぐに、違和感を覚えた。多いどころじゃない。ほとんどの席に社員が座っている。それに、普段なら黙々とPCに向き合って作業していることが多い彼らが、なぜか一様に受話器片手に何事かを話しているではないか。話し終えて受話器を置いたと思えば、すぐに新たな番号をプッシュする。

――テレアポしてるのか?

テレアポというのは、要するに新規顧客獲得のための営業電話のことだ。どこからか手に入れたリストに沿って手当たり次第電話をかけ、「求人のご用命はありませんか」と営業する。当たり前だが、そこで話が進むことは稀だ。10件に1件興味を持つ会社があればいい方で、100件以上かけて成果ゼロということも珍しくない。求人のニーズがなければどれだけ営業しても意味がないし、どこの誰とも知らない人間からの電話はそもそも煙たがられる。

客単価が低く、日常的にクライアントが入れ替わり続ける営業三部のようなチームでは、頻繁にこういうテレアポの時間を設けていると聞いた。だが、クライアント数が少なく一社あたりの単価が大きい営業一部では、これまでほとんどテレアポをしてこなかった。現Sから紹介案件を取ろうというキャンペーンが一度二度、あった程度だ。

営業一部らしからぬ風景を不審に思いつつ自分の席まで行くと、隣であの島田までもがまじめくさった顔で電話をかけていた。いつもの間延びした大声ではなく、なんとなく淡々とした、疲れたような口調だ。そういえばこいつ、テレアポが大の苦手だと言っていたっけ。そりゃそうだよな、と思った記憶がある。こいつのように一社一社に全力を尽くし、結果紹介をもらってクライアントを広げていくタイプの営業は、こんな無差別爆撃のような営業は合わないのだろう。

「はあ……そうですよね、はい、失礼しました」

ため息混じりに受話器をおいたタイミングを見計らい、声をかけた。

「おい、島田」

それで俺がいることに初めて気づいたらしい。島田は一瞬眠たそうな表情で俺を見上げ、そしてすぐに破顔した。

「あ、村本くんじゃない! 久しぶり〜」

いつもの呑気な顔に戻って言う島田にどこかでホッとしつつ、声を落として言う。

「これ……何やってんだよ、皆」

「何って、テレアポだよテレアポ」

「そりゃ見りゃわかるよ。なんでウチでテレアポなんてやってんだ。しかもまだ始業前だろうが」

「そうなんだよねえ」

島田はまたため息をつき、そして、周囲の目を避けるように身体を縮こませる。そして手元に手を添え、言った。

「こないだ電話で言ったでしょ? 先週ビッグSが立て続けに落ちたって」

ああ、と思う。確かにそういう話を聞いた。

「それで先週の金曜、マネージャー以下リーダー全員が集まって緊急会議さ。それで今日から、全体でテレアポタイムを設けるってことになって。落ちたSの代わりに新しい取引先をってことだね」

「そうだったのか」

「それに、なんかアポ数を増やせっていうんだよね。1日最低3件回れとか、1件の商談は最長1時間までとか、そんな話もチラホラ出てきててさ。効率を上げろ、生産性をあげろって、もうすごい鼻息だよ」

「……」

確かに、理屈は間違っていない。顧客が減ったなら、それを増やす努力をするのは当たり前だ。

だが、なにか強烈な違和感がある。その違和感は、エリート部署の営業一部がテレアポをする、ということに対するものではないように思えた。

「それ……なんかおかしくねえか」

ボソリと言う。

「うん、僕もそう思うんだけど、でもーー」

「おい! 何サボってんだ」

どこからかそんな声が聞こえ、見れば俺と島田の上司である岡田リーダーがすごい形相でこちらに近づいてくるところだった。あっという間に俺たちのそばまで来ると、島田の肩口を乱暴に掴む。

「おい! 無駄口たたいている暇があるなら電話しろよ!」

「あ……すみません」

声を荒らげられた島田は怯えた表情でいい、受話器に手を伸ばした。ドラえもんのような丸っこい手で、リストにある電話番号をプッシュする。俺がその様子を黙って見ていると、岡田は「村本、お前ちょっとこっち来い」と奥の会議室の方を顎で示した。

「村本、お前は先週いなかったから知らないだろうが、今日から毎日、朝に2時間、テレアポをすることになったんだ」

会議室に入るやいなや、岡田は言った。

「……はあ」

「お前も明日からは参加しろ。わかったな?」

それだけ言って部屋を出ていこうとする岡田を、「あの」と呼び止めた。

「……なんだ」

「テレアポって……そんなことより先に、見直すべきところがあるんじゃないですか?」

思わず言った俺に、岡田は信じられないという表情を見せた。やがてその顔は怒りの色に染まっていった。

「何言ってやがる。この状況は、お前がM社から切られたことだって原因の1つなんだぞ! お前の尻拭いを皆でしているのに、他人事みたいに言うな!」

岡田はそう言い放つと、心底憎そうに俺を睨み、乱暴に扉を開けて会議室を出ていった。

一人部屋に取り残された俺は、そのままぼんやりと立ち尽くした。確かに、今の発言はまずかった。岡田が怒るのも無理はない。実際、俺のM社の一件がキッカケの一つになってしまったのだろう。

だが、俺の心は妙に静かだった。あんな風に怒鳴られ、睨まれたのに、何の動揺もない。

もちろん新規開拓というのは大切なことだ。AAを知らない相手に、自らの存在を知らせることには大きな意味がある。だが、今オフィスから電話をかけている人間のどれくらいが、「相手に価値を提供しよう」と心から考えているだろうか。自分もそうだったからよくわかる。俺たち営業マンの頭にあるのは、「契約を取って、自分の営業目標を達成すること」だけなのだ。

そんなスタンスの人間がいくら電話をかけまくったところで、根本的な解決にはならないのではないか。仮に新たな客が見つかったとして、俺たちが本気で彼らに向き合うことができなければ、きっと遅かれ早かれ、ウチとの取引は停止されてしまうだろう。

ーー本気。

自分の中から、その言葉が自然と出てきたことに、驚きを覚えた。

本気。

本気の提案。

1週間前の俺には、その言葉の示すものが何なのか、さっぱりわからなかった。

だが、今は。

俺の頭の中に、あの新橋の雑居ビルに集まる、“頭のおかしい先輩たち”の顔が浮かんだ。

あの人たちなら――

あの人たちなら、どうするだろうか。

そんな風に自問していると、さっき岡田が出ていった扉が再び開いた。

入ってきたのは――1週間ぶりに見る、イタリアマフィアだった。

6件のコメントがあります

  1. ここで終わりかー
    もっと・・・でもここかー
    絶妙な終わり方です。
    4話とも意外な視点から採用に切り込んでいて、
    ぐいぐい読んじゃいました。
    1週間が待ち遠しかったのは、久しぶりの感覚でした。
    私も「また」来週から採用面接を控えてますが、
    色々考えさせられる小説でした。

    本になったら、うちの営業や社長にも読ませたいなー(笑)

    ありがとうございました!!

  2. とても嬉しいコメントありがとうございます。
    採用も時代によってどんどん変わっていくんだと思います。
    『HR』が何かの参考になれば幸いです。

    >本になったら、うちの営業や社長にも読ませたいなー(笑)

    もし本当にそうなったらよろしくお願いします!(笑)

    児玉達郎

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