変と不変の取説 第57回「必要悪と不必要善」

「変化だ、変化だ、変化が大事だ」とみなさんおっしゃいますが、会社も商品も人生も、「変えなくてはならないもの」があるのと同様、「変わらないもの」「変えてはならないもの」もあるのです。ではその境目は一体どこにあるのか。境目研究家の安田が泉先生にあれやこれや聞いていきます。

 第57回「必要悪と不必要善」

前回、第56回は「先延ばしの文化」

安田

泉さんは「必要悪」ってあると思いますか?

あるでしょうね。

安田

たとえばどういう?

嘘をつくとか。

安田

ほぉ。嘘は必要だと。

必要ですね。

安田

嘘がなかったらどうなるんですか?

「人をだまして詐欺したろ」っていう嘘ではなく、「その場で必要な嘘」というのがあるんですよ。

安田

たとえば「私の頑張りは何かの役に立つでしょうか?」って聞かれたときに、「こいつが頑張ってもなぁ」って思ってもそうは言えないとか。そういうことですか?

そういうケースもありますね。

安田

確かに。聞かれて困ることってあります。正直には答えられないというか。

でしょ。

安田

じゃあ嘘は必要悪と。

必要悪ですね。

安田

嘘以外にもありますか?たとえば「浮気も必要悪」って言う人がいますけど。

倫理的なものとは「ちょっと違う世界」があると私は思ってまして。たとえば「毒には毒をもって制す」っていうのは必要悪だと思うんですよ。

安田

毒には毒をもって?たとえば死刑とかですか。

死刑は微妙ですけど。たとえばバットマンって必要悪なんですよ。

安田

バットマン?

はい。バットマン。

安田

バットマンは善のかたまりな感じがしますけど。

バットマンは根っこが悪なんですよ。悪だから悪のことがわかるので、悪が悪を退治してるみたいな。

安田

確かにちょっと根暗なところはありますけど。

表面上は善人でいるんだけど裏面は悪で、その悪が悪と戦うみたいな。デビルマンもそうです。

安田

なるほど。デビルマンはそうですね。必要悪というか元々悪ですからね。

心はデーモンです(笑)

安田

最近ヤクザ組織がどんどん弱くなってるじゃないですか。

はい。

安田

いいことだとは思うんですけど、それによって半グレみたいな集団が出てきたりもする。抑えが効かなくなるというか。

昔は警察が弱かったのでヤクザも必要悪だったんですよ。

安田

秩序を守るために必要だったと。

はい。

安田

それが役割を終えたってことですか?

今はいろんなところに監視カメラがついてて、情報も取れて警察組織もしっかりしてて、要らなくなった。

安田

たとえば核はどうなんですか?

核ですか。

安田

核ミサイル。大量殺戮兵器なんですけど、それがあることによって逆に大きな戦争がなくなった。

やったら終わっちゃいますからね。

安田

あれは必要悪と言っていいんですか?

抑止力という名の必要悪なんじゃないですか。

安田

中国の監視システムはどうですか?ちょっとでも悪いことをしたら減点されて、逆にいいことすると加点されて、点数によって暮らしの快適さが変わるっていう。

犯罪は減ってるらしいですけど。

安田

そうなんですよ。あれは必要悪ですか?

監視っていうのは逆のような気がします。

安田

逆?

必要悪を認めないから監視してる。コントロールじゃないですか、監視って。

安田

コントロールしちゃいけないんですか?

必要悪っていうのは自然に起こるもの。

安田

じゃあネットでの悪口とかはどうなんですか?自然発生的ですし、ストレス発散という役割もありますけど。

2ちゃんねるっぽいのは、好きではありませんが必要悪という気がします。

安田

なるほど。じゃあ必要悪の反対の「不必要な善」みたいなものってありますか?

「努力が美徳」みたいな考えは不必要善でしょうね。

安田

努力は美徳じゃないと。

というか、「努力はしなくていい」って言いにくいじゃないですか。

安田

まあ、言いにくいですね。

何かを押しつけられた時に反論がしにくいもの。それが不必要善だと思います。

安田

努力って定義が曖昧ですもんね。何をもって努力かっていう。努力すること自体が目標になっちゃってることもありますから。

あと、よくあるのが「おまえは責任とれるのか?」っていう質問。責任を取るのは善ですけど、あれは不必要善だと思いますよ。

安田

なるほど。そこで善を押しつける必要はないってことですね。

はい。反論できないので。

安田

じゃあ「悪は不必要」「善は必要」とは限らないと。

はい。必要な悪もあるし、不必要な善もあるってことです。

安田

今はバランスを崩してる状態ってことでしょうか?

バランスですか?

安田

ヤクザ組織じゃないですけど、必要悪がだんだんなくなってきて、その分、不必要善が増えていってるように見えるんですけど。

そうですね。どんどん薄っぺらくなってる気がします。「見える化」とか「わかりやすく」とか「説明責任」とか。

安田

薄っぺらですか。

余白というか、“遊び”の部分が消えていってる気がする。

安田

遊び”の部分?

遊び人の金さんみたいな存在。遠山左衛門尉というお奉行さんが善の世界で、金さんは遊び人という必要悪で、人間社会の表裏がわかってる人。

安田

じゃあグレーの部分も必要だってことですか?

グレーのまま置いといたほうがいいものもある。

安田

たとえば、どういうものですか?

たとえば体罰なんかもそうで、めちゃくちゃ乱暴なヤツって、もしかしたらげんこつでガーンとやったほうが育つかもしれない。

安田

今やったら大問題になっちゃいますけど。

理知的に話した方が育つ人もいるし、ガーンとやった方が育つ人もいる。「体罰はぜんぶアウトです」ってなっちゃった瞬間に、「人間ってこうだ」っていう薄っぺらい世界観になっちゃうわけですよ。標準化された。

安田

標準化が薄っぺらさの原因だと。

善と悪とを明確にして、「いい世の中」を標準化すればするほど、薄っぺらくなっていくんです。


場活師/泉一也と、境目研究家/安田佳生
変人同士の対談


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第1回:「変わるもの・変わらないもの」
長い間、時間をかけて構築された、感覚や価値観について問い直します。

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