その76「『真剣』から『深刻』になる瞬間」

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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。

「真剣」から「深刻」になる瞬間

生きてれば、色んな事が起こりますよね。
それは自分にとって大したことない場合もあれば、受け入れがたい場合もあります。

仕事をしていると、良いことも悪いことも起こるわけです。
ときにはお客様やパートナー企業さん、従業員さんたちから不満の声があがることもあります。
僕も経営者の端くれとして、そうした皆が幸せになると良いなって、“一応”思っています。
そもそも、恨みを買いたいって人はいませんからね。
ちなみに、僕はフィリピンでも会社を経営していますが、フィリピンに進出する際に日本人経営者の先輩たちから、「フィリピン人スタッフからは絶対に恨みを買わないように。殺されるから…」と衝撃的なアドバイスをいただきました(汗)
プライドが高いから人前で叱ったりすると、こうした最悪の事態に発展しかねないよ、と・・・
幸い、僕はまだ生きています。

さて・・・

従業員さんの不満、不安などネガティブな声を受け取り、改善しようと、「真剣」に耳を傾けていると・・・
あるときから、受け取ってるこちら側が「深刻」になってくるんですよね。
当の従業員さんたちは、単に愚痴ってるだけかもしれませんし、「とりあえず言ってみた」だけだったり、大きな期待をしているわけじゃないかもしれませんけど。
一方、こっちは「深刻」に受け取り始めるので、どんどん辛くなってくるんです。

そして、心がよどみ、荒んでくる・・・
こんな風に、「真剣」なうちは良いけど、「深刻」になった瞬間、闇落ちしません?

「深刻」って、「事態が容易ならないところまできてる」ってことらしいんですが、小さなネガティブも数が重なって、ある閾値を超えれば、「容易ならないところ」まできちゃうってことです。
コップから水があふれうるように、「深刻」が発生した瞬間に気づくのです。
人って、すでに深刻な状態になっているって、案外気付かないものですね。

一方、「真剣」って、「本気、真面目に物事に取り組む様」ってことだそうです。
物事に対して自発的、主体的に関わっている状態ですから、まだ事態は自分のコントロール下にあるのかもしれません。
そして、手に負えなくなった瞬間、「深刻」へと一変する。

この境目をぼんやりとでも意識しておかないと、思わぬダメージを負います。
真面目な人ほど、深刻に受け取って辛くなりますからね。

まぁ、真剣に向き合わなければこんなことにならないので、なんでも適当&いい加減なのがちょうど良いのかもしれません。
そう、にんげんだもの・・・

僕は「にんげんだもの」って言葉で、深刻になるのを防ぐ、バランスを取っている、って話を役員にしたんです。
そしたら、彼女は、「私は北海道出身なんで「しょうがない」って言葉が自分には良いかも」って言ってました。
「しょうがない」というのはネガティブな意味ばかりではなく、「雪に埋もれたら全部しょうがない。変えられぬ自然に文句言っても仕方ない。」ということなんだとか。

こんな風に、閾値を超えて水が溢れる前に、自分でその水を抜くことができる言葉を持っていると良いですよね。
ただ、「そんなに言うなら、お前がやってみろよ!」という言葉はややこしいことになるのでグッと我慢しましょう。
そして、フィリピンでそんな風に切れちゃうと、気付いたらあの世だったってこともありそうなので、絶対に止めましょう。

 

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著者/市川 厚(いちかわ あつし)

株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/

LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/

<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。

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