その182「何でもかんでも『問題』にしたがる人」

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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。

「何でもかんでも『問題』にしたがる人」

少子高齢化問題って深刻ですよね・・・

いや、これ、ホント実感します。
と言うのも、僕には息子が一人いますが、二人の男女がくっついて、一人産まれただけですからね。
それだけで人口を半減させちゃってるんですよ。
今更ですが、責任を感じます。
そして、年老いて身体も不自由になっていく両親の姿を見ても、これからどうしよう・・・なんて不安に思ったりもしますからね。

そんなことを考えたとき、現実逃避したかったんでしょうね、僕が。
それで、「問題」とか、「事件」ってつけるから、深刻度が増すんじゃないか?・・・って思ったんです。

例えばですよ・・・

少子高齢化プロブレム
少子高齢化的なやつ
少子高齢化かわちぃ

・・・なるほど、随分深刻度が下がりました。

と言うことは、何でもかんでも問題にしたり、事件化したりする人の人生って逆に辛くないですかね?
いちいち深刻になるわけですから。
コインランドリーがいっぱいで使えなかったら「コインランドリー混雑問題」、レストランでオーダーしたものと違うものが運ばれてきたら「レストラン誤配事件」ってなるわけでしょうw
会社でも「◯◯さん退職事件」、「勤怠ルール不十分問題」、「会議室不足問題」のようになりますから、いちいち大事になりますよね。
そして、「問題」「事件」って平和とは対局にあるような事象ですから、あえて平和から遠ざかっているわけです。
コインランドリー混雑かわちぃ、勤怠ルールやばみ・・・みたいにしておけばどうでしょうか?
随分平和ですよね。

人って、不思議なことに自分からネガティブな感情になるような行動をとりますよね。
余計なことしなければネガティブにもならずに、平和でいられるのに。
平和って退屈だし、何も起こらない状態だから、逆に不安になってしまうのでしょうかね。
もしかすると、平和問題・・・ってしちゃうのかもしれません。

かく言う僕も、ずーっと問題視していることがあって・・・
それは、歩行者が横断歩道を使わずに、わざわざその隣にある自転車横断帯を渡ることです。
「歩行者が自転車横断帯を渡る問題」ですよッ!
広くて誰も居ない横断歩道を使わずに、なぜ狭くて自転車が並ぶこっちを使うのよ!?って。
自転車に乗っている僕からすると、意味不明だし、ほんとに邪魔で、迷惑で、イライラしちゃいます。
なるほど・・・
こんなときは、「歩行者が自転車横断帯を渡るのなぁぜなぁぜ?」ってしておくことで、心の平和を取り戻せるのかもしれませんね。

 

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著者/市川 厚(いちかわ あつし)

株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/

LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/

<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。

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