この対談について
健康人生塾の塾長にしてホリスティックニュートリション(総括的栄養学)研究家の久保さんと、「健康とは何か」を深堀りしていく対談企画。「健康と不健康は何が違うのか」「人間は不健康では幸せになれないのか」など、様々な角度から「健康」を考えます。
第92回 命とは、死とは何かを考える
第92回 命とは、死とは何かを考える

人間も含めて、生き物は他の生き物の「命」を食べないと生きていけないじゃないですか。でも命って一体何なのだろうと。例えばiPS細胞で臓器を作るように、「人体を丸ごと」作ったとしても、その人体は動き出したりしないだろうと。なぜならそこには命がないから。

ふ〜む、なるほど。「命」というか、生命体であることの定義は1つの個体としての境目があることと、細胞分裂して次世代を産み出すことができる、ことだと思うんですね。ちなみに「寿命」という言葉がありますが、仏教においてこの言葉は「命」と同義です。

そうなんです。仏教用語としての「寿命」には「時間」と「空間」という意味合いがありまして。まず時間というのは、何かが「変化」するから「時間」という定義が生まれると考えられている。人間は精子と卵子という細胞の和合から始まり、細胞分裂を繰り返して変化していきますよね。つまりそれが「時間」だということです。

細胞分裂して変化していくことで「体」が生まれます。つまりそこには1つの「空間」ができ上がった、と考える。そう考えると空間を体という境界線と考え、時間を次世代への連続性と考えると生命体の定義と近しい気がしています。…ちょっと難しい概念ですよね(笑)。

ふーむ…。じゃあ例えば、iPS細胞で自分の心臓のクローンを作ったとして、この心臓は「生きている」と言えると思いますか?

うーん…iPS細胞で作った心臓ですか。その心臓を、自分の病気の心臓と入れ替えれば、確かに生き続けられるでしょう。でもiPS細胞で作った心臓そのものが「生きている」と言えるかどうかと聞かれると…ちょっと違うような気がしますね。

確かにそうですね。一応、医学的には「こうなったら人間は死んでいる」という規定があると思うんです。でも解剖学者でもある養老孟司さん曰く、「本当に死んでいるかどうかは本人に聞かないとわからない」と。

ええ。つまりそういうプロフェッショナルでも、いつ「生きている状態=命」が終わったのかはわからない、と。つまり脳死の状態は心臓などの「肉体」は機能していても「魂」が入っているのかどうかは誰にも判断できないんですよね。いったい「生と死の境目」はどこになるんでしょうか…。

「死ぬとはどういうことか」「死んだ人とはどういう存在なのか」を真剣に考えていかないと、「命」がなんたるかはわかってこないんでしょうね。でも誰も「生きているうちに死ぬことはできない」わけで、一生理解することはないんだろうなとも思いますけど(笑)。

確かに(笑)。ともあれ現代では一応「脳死=死」とされているので、「脳が動いている=生きている」ということになりますよね。腕を切り取っても脳は死なないから「生きている」。でも首を切り取れば、脳はそこに含まれるから「死んでいる」? うーん、じゃあ切った首を培養して脳を動かしていれば、その人は「生きている」ことになるのか。
対談している二人
久保 光弘(くぼ みつひろ)
健康人生塾 塾長/ホリスティックニュートリション研究家
仙台出身、神奈川大学卒。すかいらーくグループ藍屋入社後、ファンケルへ。約20年サプリメントの営業として勤務後、2013年独立し「健康人生塾」立ち上げ。食をテーマにした「健康人生アドバイザー」としての活動を開始。JHNA認定講師・JHNA認定ストレスニュートリショニスト。ら・べるびい予防医学研究所・ミネラル検査パートナー。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。