第38回「中東のトイレはどんな感じなのですか?(その2)」

日本人は中東を「イスラム教の国々」と一括りにしてしまいがち。でも中国・北朝鮮・日本がまったく違う価値観で成り立っているように、中東の国だって様々です。このコンテンツではアラブ首長国連邦(ドバイ)・サウジアラビア・パキスタンという、似て非なる中東の3国でビジネスを行ってきた大西啓介が、ここにしかない「小さなブルーオーシャン」を紹介します。

  質問  
「中東のトイレはどんな感じなのですか?(その2)」

   回答   

前回、日本のウォシュレットに関してビジネスの可能性を感じた私は、早速サウジアラビアへと向かいました。
アラブのトイレには手動ウォシュレットともいうべきハンドシャワーが既に存在している。つまり、ウォシュレットが受け入れられる土壌があります。
そこで、次のようなセールスポイントを提示しながらオファーしました。

①便座びしょ濡れ防止
アラブでは時折、便座まわりが水でびしょ濡れになっているところがある。ハンドシャワーを使えば、どうしても水が飛散しやすい。ウォシュレットなら便器外には飛散しない。

②電気不要。故障しにくい。エコ。
電気を使わない画期的な製品で、電気系統の故障がない。また、頑丈で耐久性が高い。電力を使わないためエコである。

③ノズルが抗菌仕様で清潔
最も汚れるであろうノズル部分は抗菌仕様なので清潔さが保たれる。

④水圧調整ができる
ハンドシャワーの水圧は基本的に出力全開で、ときに驚くほどのジェット水流を体験することがある。多くのハンドシャワーでは水圧の調節ができないが、ウォシュレットなら手元で調整可能。

(↑水圧はトイレによって強弱があるが、見ただけでは分からない。写真は特別に威力が高かったもの)

【思ったよりも薄い反応】

上記各ポイントに対する反応は次の通りです。

①便座まわりのびしょ濡れ防止
→ びしょ濡れの状態になることはたしかにあるが、清掃員がこまめに掃除しているので、便器の内部も外部も比較的清潔に保たれている。また、便座がびしょ濡れにならないのはウォシュレットの利点だが、後述のように内側にあるノズルが汚れてしまう。

②電気不要。故障しにくい。エコ。
→ ハンドシャワーも電気を使わないし、壊れにくい。また、故障しても修理が容易である。エコの観点については、エネルギー大国ゆえか節電の概念に乏しい。これから意識が変化していく可能性はあるが、残念ながら今はそれほどメリットとして響かない。

③ノズルが抗菌仕様で清潔
→ ウォシュレットのノズル部分はたしかに最も汚れる部分で、しかも便器の内側にあって洗いにくい。だから抗菌仕様にしているのは評価できる。ただ、抗菌とはいえ手で完璧にキレイにする前の「返り水」を浴びたノズルを、清潔と言っていいのかは判断に迷う。
ハンドシャワーは汚れても掃除が簡単だし、そもそもノズル自体がない。

④水圧調節ができる
→ これはたしかにいい。ぜひともバルブで調節できるようにしたい。ハンドシャワーの水圧をね。

——————–

このとおり、反応が総じて薄いのです。
水圧調節ができる点についてはGoodをもらいました。ただ、その機能が欲しいのはウォシュレットではなく既存のハンドシャワーだと。

【完璧を求めているのは彼らの方だった】

なぜこのように薄い反応だったのか?
彼らの言っていることを要約すると、概ね次のような内容でした。

紙とウォシュレットを使えばきれいな状態まで持っていけるのは分かる。
しかし、これは数字でいえば98%程度で、そこから先はハンドシャワーで水を流しながら左手を使って100%の状態に持っていかなければならない。
お祈りの際には身体を清める必要がある。手足はもちろん、お尻も含めた全身が最もキレイな状態にあることが望ましい。
完璧にキレイにするためには手を使うのが最も効果的だが、ウォシュレットは水のみを使って洗うことを前提とした構造であり、手を使うような設計にはなっていない。
それゆえ、ウォシュレットの洗浄様式だけでは心許ない。
コンセプトや品質の良さはわかるが、文化的に広く普及するかは疑問である。

つまり、最後の仕上げは手作業が最も信頼できるということです。

ぶっちゃけ、私個人的には最後の仕上げとはいえ、手を使うことには抵抗を感じます。
日本では経験したことがないからです。
しかしそれと同様に、アラブの人々は「水と紙による間接的な処理」だけでは、完全にキレイになっていないと大きな抵抗を感じるのかもしれません。
長年慣れ親しんだ習慣を変えるのは、誰にとっても簡単なことではないのです。

彼らは左手を「不浄」としますが、頻繁に手を洗って清潔に保っています。
トイレ後はもちろん、食事の前後やお祈り前にも洗うため、1日におそらく平均10回は洗っています。
2020年8月に日本で行われたアンケート調査によれば、1日の手洗い回数は「2-3回」「4-5回」と答えた人が過半数だったようです。
コロナ禍に入った後のアンケートなので、以前よりも手洗い回数は増えているはず。
それでもアラブ人は日本人の2-3倍、手洗いをしていることになります。

(↑日本人の平均手洗い回数。「ハンドソープに関するアンケート調査」よりhttps://myel.myvoice.jp/products/detail.php?product_id=26505)

【提案してみることで得られるアイデア】

日本はウォシュレットが普及してせいぜい数十年だが、彼の地では1000年以上も前から水で洗っている。
水で洗うことに関しては、アラブは本場なのです。
「可能であれば手を使いたくないはず」と思い込んでいた自分の、相手文化への理解の足りなさを猛省しました。

一方で、良いフィードバックも。
「手を使うことに困難を伴うようなハンディキャップを持っている人や、リハビリ中の人々にとっては良い商品となるかもしれない」
「日本はハイテクなイメージがあるので、イルミネーションのように光ったり、iPhoneのように定期的にアップデートされたり、そんなトイレがあれば興味はある」
後者は冗談交じりでしたが、思いつきだとしても面白い発想だなと思いました。

日本に遊びに来たときにトイレに感銘を受けるアラブ人もいるため、ウォシュレットに興味を持っていないわけではありません。
ただ、興味のポイントは音が流れたり、ゲーム機のコントローラー並にボタンが多いことだったりと、必ずしも清潔感というわけではないようで、こちらの推しポイントとはズレがあります。
湾岸諸国を中心とした中東地域は日本と常識が大きく異なる地域ですから、たとえ提案自体が失敗に終わっても、今回のように「アプデのあるトイレ」など面白いアイデアをもらえることもあります。

【常識のギャップを狙う】

ここまでを踏まえて言えることは、これまでの連載でも何度か述べているとおり、常識のギャップを頭に入れるべきだということです。
ポイントは、こちらの常識をベースにしたオファーではなく、相手の常識を踏まえた上で、それをより快適にするか、または常識を覆すような体験をさせるか、という点にあると思います。
チャレンジするリスクを取れる方や、転んでもただでは起きないぞという方は、一度トライしてみれば面白い地域だと思います。

 

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 この記事を書いた人  

大西 啓介(おおにし けいすけ) 

大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。在学中はスペイン語専攻。
サウジアラビアやパキスタンといった、どちらかと言えばイスラム感の濃い地域への出張が多い。
ビビりながらイスラム圏ビジネスの世界に足を踏み入れるも、現地の人間と文化の面白さにすっかりやられてしまった。
海外進出を考える企業へは、現地コネクションを用いた一次情報の獲得・提供、および市場参入のアドバイスを行っている。
現在はおもに日本製品の輸出販売を行っているが、そろそろ輸入も本格的に始めたい。大阪在住。

写真はサウジアラビアのカフェにて。

 

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