経営者のための映画講座 第71作『エル・スール』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『エル・スール』が期待させる次の世代の改革。

ビクトル・エリセは寡作な作家である。世界にその名を知らしめた『ミツバチのささやき』が公開されたのは1973年。そして、長編第二作となるこの『エル・スール』は約10年後、1982年に公開されている。

この映画は父と娘の物語である。スペインのある北の村で暮らす三人家族。その家長である父は霊力で仕事をしている。草原の真ん中で振り子を振ると、何メートル掘れば水が出るかがわかる。娘が生まれる時にも、妊婦である妻の腹の上で振り子を振って男か女かを的中させている。

この映画、父と娘の関係性の変化を見つめる映画なのだが、父の仕事が不思議すぎてなにやら神話的な深みがでてくるところも醍醐味だ。そして、この娘、微妙にこの仕事を継ぐことが出来そうな片鱗を映画の冒頭で見せてくれる。父も少しずつ仕込もうとしている気配さえある。

しかし、娘が成長するに従い、娘は父をただ尊敬するという関係性は終わってしまう。こうなると、娘は父の仕事を手伝うことはなくなる。そして、そんなある日、父は仕事に使う振り子とすべての所持品を置いたまま、姿を消す。おそらく行先は南の地(エル・スール)である。その証拠は、南へかけた長距離電話の領収書だけ。娘はその領収証をくしゃくしゃに握り締めて、娘の心は一人の女性へと成長するのである。

映画のラスト、娘は南へ行くことを決める。実はこの映画、3時間の大作であったらしい。しかし、後半90分の上映をプロデューサーが許さず、前半95分だけの作品となったとウィキペディアなどには書かれている。だとすると、後半はおそらく南の地での物語が展開されるのだろう。

しかし、公開から40年以上経っても後半が公開されたという情報は聞いたことがないので、おそらく今後も3時間作品としての『エル・スール』は見果てぬ夢と言うことになるのだが、それはとりもなおさず、娘が南の地を見果てぬ大地として想っている気持ちと重なってしまうのだ。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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