経営者のための映画講座 第35作『永遠と一日』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『永遠と一日』の明日の長さに対する考察。

ギリシャの映画監督、テオ・アンゲロプロスは新作を撮影中の2012年1月24日に亡くなった。撮影をしていたアテネ郊外のトンネルのなかで、走ってきたオートバイにはねられ亡くなったのだった。享年76歳。人気作品だった『エレニの旅』三部作の最終章『The Other Sea(もう一つの海)』の撮影中だっただけに、多くのファンがその死に驚き、そして嘆いた。セリフを極力排し、映像で見せようとする作品群は静謐で、背筋が凜と伸び、だからこそ見る人を選び、同時に多くのファンから渇望された。

難解だと言われることの多いテオ・アンゲロプロス作品だが、その中でカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した『永遠と一日』はとてもわかりやすい。とは言え、いつものように作品は自由に現在と過去、未来を行き来するので、どこまでが現実でどこからが夢なのかという境界線は曖昧だ。テオ作品を楽しむ最大のコツは、この曖昧さを許容すること。最初に、「わからん」と呟いてしまうと、途端にわからなくなる。しかし、「うん?急に亡くなったはずの奥さん出てきたけど幽霊か?それとも思い出か?」なんてニヤリとすると、あとはずっと面白い。

詩人アレクサンドロスは、重い病を抱え、明日には入院しなければならない。もう、病院を出ることはできないだろう。そんな彼はもう自分の詩を書くことをせず、19世紀の詩人ソロモスについて研究ばかりしている。畏怖と尊敬の念をもって読み続けてきたソロモスの詩を次の世代につなぐことこそが自分の仕事だと思っているかのようだ。

詩と死に寄りそうアレクサンドロスは、車の窓拭きをするアルバニアから亡命してきた少年に出会う。そして、その少年が人身売買目的で誘拐されたのを目撃すると、アレクサンドロスはふいに立ち上がり、彼を助け出すのである。ここから、詩人と少年のアルバニアへの旅が始まる。祖国アルバニアの目を覆うような現実、長く友情を重ねてきた友人の死…。様々な出会いと別れを経験しながら、詩人と少年の旅は続き、その道中で繰り返し詩人が口にするのは「明日の時の長さは?」という質問だ。その質問はまるで禅問答のようにも聞こえるが、もっとシンプルに「未来とは何か」という問いにも聞こえる。

さて、実際に答えはあるのか、という話になるのだが、この作品のなかで答えは提示される。きちんと彼の亡くなった妻が、明日の時の長さは?という問いに答えてくれる。それが正解かどうかは人それぞれだろう。しかし、一つの答えをしっかりと提示するところに、テオ・アンゲロプロスという映画監督の誠実さがある。彼は決してすべてを曖昧にしようとはしない。考えに考え抜いた答えをきちんと用意する。しかし、その答えを観客に無理強いすることもない。その強さと優しさが、映画作品の中心にすくっと立つテオ・アンゲロプロスなのだろう。

曖昧にせず、無理強いもせず、見る者を自由にしながら映画作品を作る。それは自らの作品を客観的に見れる力があればこそだろう。そう考えると、実はどんな仕事も同じだと思える。自らの商品やビジネスをとことん愛せるかどうか。同時に冷徹なまでに客観し出来るかどうか。芸術はその能力が突出して必要とされる分野だが、実は通常のビジネスでも経営者たるものには絶対に必要なものなのだと思う。映画監督ほど、なくてもバレにくいけれど。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

感想・著者への質問はこちらから