経営者のための映画講座 第50作『転校生』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『転校生』に見る追憶と未来。

映画『転校生』は映像作家の大林宣彦の代表作であり、多くのファンに愛された「尾道三部作」の最初の一本である。

この作品は、山中恒の児童文学『おれがあいつであいつがおれで』を実写映画化している。男子中学生と女子中学生の肉体と心が入れ替わってしまい、中身が女子な男子中学生と、中身が男子な女子中学生が右往左往しながら互いを理解し合うというストーリーだ。

完璧な原作ものだし、荒唐無稽な内容なのだが、多くのファンがこの作品に少年時代の大林宣彦を見出してしまう。それは、作品の舞台に大林の故郷、広島の尾道が選ばれていること。そして、主人公の少年が8ミリ映画を愛好する映画少年として描かれていることが大きな要因だ。

それがわかると、途端に映画はノスタルジックな匂いに包まれてしまう。そして、大林宣彦がどんな少年時代を過ごし、どんな視線で風景を見つめていたのかが観客に伝わり、そこにかつての自分を重ね合わせていく。しかし、目の前にあるのはある意味、自分の夢を叶えた人物の子供時代の情景だ。つまり観客はこのとき、児童文学のストーリーと共に、大林宣彦という人のかつての映画を夢見る姿と、夢を実現して劇場公開される映画を撮っている姿を同時に見ていることになる。

そして、大林宣彦は優しい語り口で「誰だって夢を見る権利はあるし、いつからだって人生は始められるんだよ」と話しかけてくれる。それに乗せられるほどこちらは純粋ではなくなっているのだが、それでも男女が入れ替わると言うファンタジックな内容と相まって、心の隅っこの方をグッとつかまれたような気持ちになってしまう。

80年代に公開された映画ということもあり、男女の性差の描き分けが若干ステレオタイプではある。それでもこの作品は男女という差を超えて、人と人とが互いを理解しようとする姿はとても気持ちがいい。世の経営者の皆さんは自分の会社でも社員と自分の立場を入れ替えて互いに分かり合えれば良いなあ、と思ったりするだろうか? 本当に入れ替わるのは無理でも、なんとなく社員の気持ちになろうと思ったことくらいはあるかもしれない。

でも、それは無理だ。試しに映画『転校生』のように、社長と平社員の心と身体が入れ替わってしまう物語を想像してみてほしい。社長になった平社員たちは「なんだ、社長の苦労なんてこの程度なのか」と思ってしまうかもしれない。また、経営者は経営者はで「ほら、若手たちは仕事をなめてたんだな」となること請け合いである。

まあ、それでも、近い将来そんなバーチャルマシンが完成したとして、試しに社員のみんなに言ってみるといい。「社員のみなさん、社長の私と入れ替わってみませんか?」と。経営者はその気になっても、たぶん、社員のみなさんは苦笑しながら、後退りするはず。そういえば、映画の中の一美は元の女の子に戻った後、いかにも楽しそうにスキップをしていた。結局、それぞれの場所で自分のやるべきことを見つけるしかない、と言うことなのかもしれない。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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