経営者のための映画講座 第6作目『男はつらいよ』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週金曜日21時。週末前のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『男はつらいよ』の寅さんは営業部長

誰もが知っている映画『男はつらいよ』。もともとは定番だった東映ヤクザ映画のパロディとして企画されたという説がある。そう思ってみると、ヤクザな稼業のなかでも親しみのあるテキ屋を職業にして、カッコいい二枚目ではなく、四角い顔で目の小さな渥美清を主人公に据えたのもうなずける。

実は若い頃の私には『男はつらい』という映画の良さがあまりわからなかった。なぜこんなにのほほんとした世界を毎度毎度マンネリした物語のなかで見なければいけないのか。そう感じていて、西の『007』と東の『寅さん』を毛嫌いしていた時期があるのである。しかし、いま思うと、それは浅はかな考えだったということに、世の中というものを知るごとに思い知らされたのである。寅さんがその時代、その時代の中で市井の人々のなんでもない暮らしをしっかりとスクリーンに定着させてきたことは、とても大切なことだったような気がするのだ。

さて、『男はつらいよ』と言えば、妹のさくらやおいちゃん・おばちゃんが営んでいる団子屋「とら屋」が本拠地である。寅さんはいつもここにふらりと帰ってくるのだが、いつも騒ぎを起こしてそれが毎回映画の始まりとなる。そして、その騒ぎの原因になるのは寅さんが連れてくる女性たちなのである。

ここで思い出して頂きたい。寅さんが連れてくる女性たちが粒ぞろいの美人で、驚くほど気立てがいいことを。寅さんの人を見る目は抜群なのである。そして、彼女たちは寅さんのせいで少しばかり右往左往させられたり、驚かされたり、迷惑をかけられたりもするのだが、誰ひとり寅さんを嫌いにはならない。そして、寅さんだけではなく、とら屋の面々や柴又という土地そのものを好きになっていく。

寅さんはまさにとら屋や柴又の営業部長なのである。話のまとめ方は下手だし、根気は無いし、金には直結していないかもしれないが、誰かと誰かの間を取り持とうと奔走し、誰かのために役立とうと懸命になる寅さん。そんな寅さんのような営業マンがかつてはどれほどたくさんいたことだろう。人と人とが知り合うだけなら、ITを駆使すればなんとかなるのかもしれない。けれど、わかり合おうとすると、そこに寅さんのような人物が必要なのだということかもしれない。

どちらにしても、我等が車寅次郎こと寅さんは、結果いろんな世代のファンを生涯獲得し続けたのである。まあ、最初はいつもちょっとした下心があるのだけれど。たぶん、このことを寅さんに言ったら、きっと「それを言っちゃあ、おしめえよ!」とあの人なつっこい笑顔が返ってくるのだろう。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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