このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、毎月第三週の木曜日21時に公開します。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
経営者のための映画講座 第82作『幕末太陽傳』
『幕末太陽傳』に見る弱くて強い人の魅力。
川島雄三は喜劇を得意とする監督で、軽妙でありながらどこかシニカルな作風が持ち味だ。だからこそ、人の哀しみや面白みを作中に定着し、都会的な印象を強く残すのかもしれない。『幕末太陽傳』は川島作品の中でも特に人気が高く、現在でもことあるごとに劇場で上映されている。
映画の原案は落語の『居残り佐平次』。金もないのに品川の遊郭で仲間たちと遊び、適当な理由を付けて遊郭に居残る佐平次をフランキー堺が演じている。幇間(ほうかん)として座敷に上がったり、遊郭の困り事を解決しながら、次第にみんなから無くてはならない存在となっていく佐平次。英国大使館の焼き討ちを計画する高杉晋作らとも出会い、映画は幕末の混乱と人々の悲喜こもごもを見事に描き出していくのである。
この作品が多くの人々を惹きつける最大の魅力は混沌である。遊郭に集まる金持ちの旦那衆と女郎たちの駆け引き。昔の遊びを懐かしむ江戸気質をもつ年寄りたちと、高杉晋作ら時代の改革を望む若人たち。健康なものと病んでいくもの。上を見るものと下をみるもの。ありとあらゆるものが、遊郭の女郎屋に集まりグランドホテル形式で混ざり合い、醗酵し、人の哀しみと喜び、弱さと強さを醸造していくのである。
映画のラスト、品川の町へと飛び出していく佐平次だが、川島雄三の原案では、佐平次は江戸時代を飛び出し、高度経済成長へ突入しつつあった映画制作当時の大東京品川を駆けていくところで終わる予定だった。
当時としてはあまりに突飛なラストシーンであり、周囲の反対、特に主演のフランキー堺の反対もあって現在のラストとなったのだが、川島の原案通りであれば、現在と過去さえ混ざり合ったのにと惜しまれる。
【作品データ】
幕末太陽傳
1957年制作、110分、
脚本/田中啓一、川島雄三、今村昌平
監督/川島雄三
出演/フランキー堺、左幸子、南田洋子、石原裕次郎、芦川いづみ、梅野泰靖、岡田真澄、二谷英明、小林旭
音楽/黛敏郎
撮影/高村倉太郎
2009年『キネマ旬報』創刊90周年記念「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編」第4位
著者について
植松 雅登(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。