経営者のための映画講座 第89作『プライベート・ライアン』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、不定期月一回くらいの更新します。読むロードショーでお愉しみください。

『プライベート・ライアン』で知る、新参者の居心地の悪さ

スピルヴァーグが撮った『プライベート・ライアン』は、トム・ハンクス主演の戦争画がである。米国アカデミー賞では、11部門にノミネートされ、世界中で大ヒットした。いま見ても冒頭のオマハ・ビーチへの上陸シーンの生々しさを特筆すべきほどの出来映えで、まるでドキュメンタリー映画を観ているかのようだ。

この映画は第二次世界大戦のノルマンディ上陸作戦を描いたものなのだが、少しストーリーが入り組んでいる。アメリカ軍とドイツ軍の攻防が大きな軸ではあるのだが、物語は一人のアメリカ兵を救うというミッションとともに語られていく。

その救出対象がライアン(マット・デイモン)である。ライアンは4兄弟の末っ子。上の3人の兄も従軍していたのだが、3人とも戦死してしまう。軍上層部は「4兄弟全員を死なせるわけにはいかない」と末っ子のライアンを戦場から救出せよと命令を下す。

命令を受けたミラー大尉(トム・ハンクス)は、6名の部下を選び、ライアンがいると思われるフランスへ。途中、無事にライアンを発見し保護するが、本人は「最後まで戦う」と保護を拒否するが、軍の命令とあれば従うしかない。ここから救出されるライアンと、救出にきたミラー大尉の部隊との奇妙な反目と連帯が描かれるのである。

救出にきた隊の兵士たちからすれば、なぜ、ライアンだけが国に帰れるのかがわからない。肉親を失っているのはライアンだけではない。いわば米軍の宣伝活動の片棒を担がされている感覚だ。しかも、戦況は決していいものではなく、周囲で味方が数多く死んでいく様子を見ているのにライアンを救いに行くという任務を課せられるのは腹立たしいもので、彼らはライアンを邪険に扱う。

すでに厳しい戦況を戦い抜いてきた「戦友」のなかに、なにも知らない新人が放り込まれたような状況は、まるで会社のなかの配置換えを見ているようで面白い。人は自分たちの苦労が、誰よりも大きな苦労だと思っているし、その苦労を一緒に乗り越えてきた人たちを仲間だと思っている。そして、なによりも、そこに表れた新人を異物として排除しようとする感覚は、戦場でも会社でもかわらない。戦場のほうが命に関わるだけ、シビアになってしまうだろうが、組織にしがみつく人たちなら、会社でだって必死の攻防戦が展開される。

しかも、ライアンは事業を改革しようとして送り込まれた人物ではなく、「こいつを助けてやってくれ」と放り込まれた人物だ。ギスギするのも当然だろう。だが、ライアンたちがいるのは会社ではなく戦場だ。敵が攻め込んでくる、というシリアスな状況が次第に隊の結束を高めていく。

最近の企業は外圧でやられるというよりも、自滅するケースが多い気がする。もともと、製品やサービスがよくて自然発生的に会社が始まり、大きくなるというケースはあまりない。どちらかというと、会社は狙って作られ、狙って運営される。昭和の時代のように、猛烈に働くこと事態が美徳になり、走っていれば会社は成長する、という時代ではなくなったのだと思う。あの頃は隣の部署の悪口をいうだけでマネジメントが出来ていたという人も多いが、いまやそんな幼稚なマネジメントは通用しない。

ようするに『プライベート・ライアン』のような組織の居心地の悪さを解決するためにはきちんとしたマネジメントをするしかなくなっているのだ。勝手に敵が攻めてきて勝手に結束が固まるなんてことはない。そう考えると、自らの存在意義をしっかりと確立し、それぞれがそれを理解するしかない。

なるほど、そうだとすれば、今の会社が理念づくりに躍起になるのは、理にかなっているのかもしれない。

【作品データ】
プライベート・ライアン
1998年公開
170分
監督/スティーヴン・スピルバーグ
脚本/ロバート・ロダット
出演/トム・ハンクス、マット・デイモン、トム・サイズモア、エドワード・バーンズ
音楽/ジョン・ウィリアムズ
撮影/ヤヌス・カミンスキー
編集/マイケル・カーン

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。

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