経営者のための映画講座 第73作『ユー・ガット・メール』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『ユー・ガット・メール』、ツールの違いによるコミュニケーションの違い。

女性監督ノーラ・エフロンの代表作『ユー・ガット・メール』は主演のメグ・ライアンにとっても代表作となった。インターネット上で知り合った男女がメールのやり取りをしながら惹かれ合っていく。そんなロマンティック・コメディである。この映画には実はオリジナルがある。1940年に制作されたルビッチの『桃色の店』だ。こちらはもちろん、メールではなく手紙でのやり取りで男女が惹かれ合っていく、という内容になっている。

この映画を初めて見た1999年。私のネット環境は常時接続ではなかった。必要な時だけ、料金を気にしながらネットに接続するというやりかたで、毎月電話代の請求額にヒヤヒヤしたことを思い出す。この映画のようにメールが来たら、画面上に「You’ve Got Mail」とアラートが現れるのが近未来の世界のように思えたものだった。

メグ・ライアンのハンドルネームが「Shopgirl」、トム・ハンクスは「NY152」。二人はその日あったことを報告し合い、時に励まし合い、慰め合う仲になっていく。このあたりのやり取りがとてもうまいのだが、これはネットでのやり取りだから、急速に二人の仲も深まるのだろう。郵便ならもっと時間がかかる。書いたものが相手に届く頃には、今日の話は数日前の話になっている。だからこそ、書く方も読む方も少し客観性が出てくる。しかし、Eメールは瞬間の気持ちのやり取りだ。もっと主観的で、もっとお互いの気持ちが揺れ動いている最中にやり取りしてしまう。

最近の若い人たちは固定電話を知らない。見知らぬ人からかかってくる電話を取った経験がない。携帯電話なら、少なくとも知らない番号からの電話を取らないという選択もある。私たちの若い頃のように、会社に出社して、数名の社員が1つの電話を共有していた時代には(と、自分で書きながら、そんな時代があったんだと改めて驚くのだが)、新人がとる電話を周囲の先輩が聞き耳を立てて聞いていた。そして、その応対の仕方、やり取りの内容にあとからいくらでもダメ出ししながら指導することができたのだった。

世代間のギャップを話題にしたテレビの番組で、「おじさんたちって、平気で仕事をしている最中に電話してくるじゃないですか。あれって、メールで良くないですか?」と語っていた。彼らにとって電話はストレスでしかないし、相手の時間を配慮しない邪魔者でしかないのかもしれない。

そんな彼らが見たら、この映画はどう映るのだろう。パソコンの前に座って、一日の終わりにメールのやり取りをする。そんな悠長なことをするなら、スマホで仕事の合間にも気持ちを伝え会えばいいのにと考えるのだろうか。考えるというよりも、おそらく我慢できずに気持ちのやりとりを一日中やり続けるのかもしれない。昭和生まれとしては、そんなことしてたら一週間でお互いは干からびてしまいそうに思うのだけれど。

新しいシステムや新しいガジェットが生まれて、ただ便利になるなんていうことは絶対にない。そこには何か新しいコミュニケーションが生まれ、そして、今までになかった気持ちが生まれてくるはずだ。きっと、誰もが知らないうちに。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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