経営者のための映画講座 第80作『8 1/2』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか? なになに、忙しくてそれどころじゃない? おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者であり、映画専門学校の元講師であるコピーライター。ビジネスと映画を見つめ続けてきた映画人が、毎月第三週の木曜日21時に公開します。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『8 1/2』が教えてくれる人生の終わり方。

スコセッシやタルコフスキー、ミケランジェロ、ベルイマンなど、名だたる映画監督たちが最高の映画だと絶賛する『8 1/2』はフェデリコ・フェリーニの第8作目の監督作品である。ただし、処女作である『寄席の脚光』がアルベルト・ラットゥアーダとの共同監督だったことから、これに1/2本を加えた数字をそのままタイトルにした作品だという。しかし、僕はこの作品を高校生の時にテレビで見てから、ずっと、「才能が衰えてきて、ピーク時の85%しか発揮できなくなった映画監督の話」だと思っていた。そして、タイトルの真相を知った後もあながち間違いではない気がしている。

主人公はマルチェロ・マストロヤンニ扮する映画監督のグイド。彼は有名な映画監督なのだが、次作の構想を練るために温泉地へと療養にやってくる。しかし、出資者との気ぜわしいやり取りと、まったく浮かんでこない企画内容に、ほとほと疲れ果てている。やがて、彼は現実を逃避して、理想の世界へと逃げ込んでしまう。

フェリーニ自身もこの作品が自分自身のベストだと語っているのだが、見ているこちらは、どうしても主人公のグイドとフェリーニ自身を重ねて見てしまう。フェリーニ自身がこんなことを思って映画を撮っているのか。フェリーニにもこんな悩みがあるのか。そんなことを考えながら物語を見ているのだが、そこはさすがにフェリーニ。ただ、自分の言いたいことを言いっぱなしにしたりはしない。ちゃんと壮大なエンターテイメントに仕上げてくれる。

新しいアイデアも浮かばない。自信もどんどんなくなっていく。そこに出資者はああだこうだと要望を突き付ける。グイドは映画への夢を亡くしてしまい、ついには自らの命を絶ってしまったことが示唆される。そこで、そこで陰鬱に終わるのかと思いきや、フェリーニの走馬灯のような人生最後のショーが幕を開ける。

なんの説明がないまま、主人公が出会った人々が大集合して手を取って踊り始める。楽しげな音楽が鳴り響き、大勢の人物が輪になって踊り狂う。まるで、サーカスのようだ。そういえば、フェリーニは子どもの頃からサーカスが大好きだったらしい。そして、出来ることなら、サーカスのなかに飛び込んで人生を送りたかったという願望があったという。この映画のラストシーンは、そんなフェリーニの願いが結実したものと受け取ってもいいのかもしれない。

さて、もし、「これ以上、会社をやっていくのは無理だ」と思う日がやってきたときに、経営者たるもの、何をするべきなのか。この映画のように、出資者からも逃げて死んでしまうような結末は絶対に避けるべきだが、もしかしたら、最悪の結末を選ぶ前に、先に人生最後のショーを決行してしまうというのはどうだろう。どうせ、ヤケクソになるくらいなら、最後に1回でも笑えるように、みんなで手をつないで踊ってみればいい。もしかしたら、なんだか新しいアイデアが思い浮かぶかもしれないから。

【映画データ】
8 1/2 (Otto e mezzo)
監督/フェデリコ・フェリーニ 出演/マルチェロ・マストロヤンニ、アヌーク・エーメ、クラウディア・カルディナーレ 音楽/ニーノ・ロータ
1963年製作 上映時間140分

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。母校の映画学校で長年、講師を務め、映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクター。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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