その154「醤油ペロペロと愛の関係」

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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。

「醤油ペロペロと愛の関係」

寿司チェーン店で醤油をペロペロした学生の動画が大炎上していますね。
時価総額で170億円が吹き飛んだとかでニュースにもなりました。
それ以来、飲食店などで迷惑行為を撮影した動画が次々と拡散されてきて、驚きます。
バイトテロのときと同様ですね。
寿司チェーン店側は、謝罪されても、法に則って然るべき対応をする、と発表していました。
裁判になったら、少年側の弁護人は「ペロペロできる場所に醤油を置いている方が悪い!」と主張するのでしょうか。
でも、きっと、「だとしても普通はペロペロしねーよ、馬鹿なんじゃねーか…」とか思いながら、弁護することになるのでしょうか(苦笑)

ところで、「常識で考えたらそんなことはしない」という大前提、性善説みたいなものから成り立っているサービスってたくさんありますよね。
醤油ペロペロなんて、まぁ、常識で考えたらしませんから、そこに醤油が置いてあるわけで。
例えば、ホテルには、ヘアドライヤーや電子ケトル、タオルなどの備品があって、盗難の恐れもあるわけですが、「常識で考えたらそんなことはしない」と盗難対策はしていません。
ところが、実際には、備品の盗難は結構あるようですね。
ちなみに、子会社があるフィリピンに出張してホテルを利用するのですが、チェックアウトの際にホテルスタッフが部屋を見に行って、問題がないことを確認してからでないとホテルを出ることができません。
そもそも、デポジットとしてチェックインの際にいくらか預ける必要もありますからね。
ただ、高級ホテルでもない限り、フィリピンのホテルにヘアドライヤーや電気ケトルなんて置いてありませんけどね・・・

一方で、「常識を疑え」って言いますよね?
寿司や(と言うか飲食店)の常識を疑った結果、「ベルトコンベアに食品を載せて回そう」って発想が生まれて、回転寿司というサービスが生まれたわけです。
ちなみに、回転寿司の元祖は1958年だそうです。
そういう常識の疑い方しますか?!って感じで感心しますね。
そして、世の中の常識は変わり、「置いてある醤油はペロペロされる時代になった」ということでしょう。
次はどんなことが常識になるのでしょうかね?
かつての非常識が常識になることも多いので、今のうちに非常識に対応しておくと良いのかもしれませんね。
例えば、醤油ペロペロ専門店とか・・・商才に優れた方は、この辺の着眼点のセンスが良いんでしょうねぇ(涙)

迷惑行為に及ぶ人たちは、SNSの視聴数やリアクションを期待して、それらを集めるのに手軽な!?迷惑行為をするのかもしれませんね。
そんなに人気者になりたいのか、クレイジーなやつだと一目置かれたいのか、いずれにしても相当な「構ってちゃん」なのでしょうか。

これは、きっと・・・

「愛(他者からの関心)」の欠乏ですね。
(ここに着地させたかっただけじゃないのか?というのは、あえて言わないでいただきたい・・・)
しかし、ようやく構ってもらえた結果が訴訟ってね(苦笑)
最低限の後先を想像する能力って大事だなと思いますね。

ところで、どんな人でも大なり小なり「構ってちゃん」願望はありますよね。
部下をマネジメントするマネージャーなんかは、部下がどんな部分を見てもらいたくて、どんなリアクション(構い方)を求めているのか?考えて、相手に興味関心を持って接するのが重要です。
そう、「愛」です!

 

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著者/市川 厚(いちかわ あつし)

株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/

LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/

<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。

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