第3回 「Refine」開業までの長い道のり

この対談について

母から受け継いだ指輪をネックレスに、片方なくしたピアスをペンダントに、思い出の詰まった2つのリングを溶かして1つに――。魔法のようにジュエリーを生まれ変わらせるジュエリー修理・リフォーム専門店「Refine」(リファイン)。代表の望月信吾さんに、お客様に感動を届けるジュエリーリフォームの魅力、そして波乱万丈な人生についてお聞きする対談企画です。

第3回 「Refine」開業までの長い道のり

安田

今回は、望月さんが独立されて「Refine」を開くまでの経緯をお伺いしたいと思います。


望月

ありがとうございます。とはいえ、独立後すぐにRefine設立、ということではないのです。今のスタイルになるまでには紆余曲折ありまして。

安田

ああ、そうなんですね(笑)。ということは、独立してすぐ「宝石の修理屋さん」を始めたわけではないと。


望月

ええ、最初はそれまでと同じ「宝石の卸業」を1人でやっていましたね。というか、そうする以外になかったんです。特別なコネがあるわけでもないし、既存顧客相手に商売をするしかなくて。

安田

確かにそれはそうなんでしょうけど、商売するにも宝石の在庫が必要じゃないですか。会社を飛び出して独り立ちした望月さんに、そんな多くの在庫はなかったんじゃ?


望月

仰るとおりで(笑)。先日お話したように、父の会社にいる頃は常に数千万円分、個数にして100~200個の宝石を持ち歩いていたんですけど、独立後は知り合いの業者から借りた10個20個程度だけで。

安田

ははぁ、10分の1くらいになってしまったと。しかも自前の在庫じゃなく、借りたもので。


望月

そうなんです。それでも何とか売れるように、宝石1つ1つにポップを付けたり、キレイに飾り付けをしたりして。

安田

少しでも見栄え良くしようと努力されたと。実際の売れ行きはどうだったんです?


望月

まぁ、決して絶好調というわけではなかったですけど、何とかやってましたね。 ただそんなギリギリの状態の中、独立後1年くらいした頃ですかね、懇意にしていた宝石店から700万の不渡りを喰らっちゃって。

安田

700万!! どうしてそんな額の不渡りが出ちゃったんですか。


望月

うーん、今思えばいろいろ理由はあるんですけど、要は「売ることに必死」になり過ぎてたんでしょうね。気前よく買ってくれるからどんどん手形で取引しちゃって。

安田

ああ、なるほど。不渡りのリスクより、目の前の売り上げを優先してしまった。


望月

そういうことですよね。「このお客さんバンバン買ってくれて助かるなぁ」と思っていたら、ある日やられちゃいまして(笑)。少しでも取り戻そうとお店に飛んでいったんですが、既にもぬけの殻でしたね。

安田

あらら。つまり商品持って夜逃げされちゃったってことですよね。ひどいなぁ。ちなみにその700万はどうしたんです?


望月

在庫を借りていた社長さんに「絶対返すから!」と支払いを待ってもらいました。結局返済するのに何年もかかって…..そんなこんなで、卸業も手形商売もダメだなって心底思い知らされて。

安田

なるほど、実体験によってそう痛感されたわけですね。


望月

今となってはいい学びだったと思ってますけどね。そもそも宝石の卸って自転車操業的な側面があって、なかなか安定しないものなので。

安田

前回、仰ってましたもんね。粗利が15~20%くらいだから、仮に10万の商品を売っても儲けは1万5000円とか2万円程度だって。しかも手形取引が当たり前。


望月

そうなんですよ。だから常日頃から売上表と睨めっこして、「ここの手形で何日に20万下ろせるから、そのお金をこっちの支払いに当てれば何とかなる…」なんてことをずっと考えてました(笑)。

安田

まさに資金繰り業ですね(笑)。


望月

仰る通りです(笑)。わずかな資金の中で、何とかやりくりして食いつないでいましたね。

安田

なるほど。で、とにもかくにも卸はやめようと決心されたと。そこからはどんな仕事を始めたんですか?

望月

宝飾品のメッキコーティングをする機械を買って、「修理と加工の下請け」を始めました。今の「Refine」の原型になった事業ですね。

安田

ははぁ、なるほど。宝石を「売る」仕事から、「直す」「作り変える」仕事に転換されたわけですね。…とはいえ、望月さんにそんなスキルあったんですか?

望月

ないですないです。だから作業自体は基本的に職人さんにお任せしてました。ただ、当然資金に余裕があるわけでもないので、工賃削減のためにメッキコーティングぐらいは自分でやったり。

安田

なるほど。自分でできる部分はなるべく自分でやろうと。

望月

そうそう。でも、見様見真似でやっているから、それすら失敗するんですよね(笑)。結局どうしようもなくなって、職人さんに尻拭いしてもらったり(笑)。

安田

結局高くついちゃうじゃないですか(笑)。

望月

そうなんですよ(笑)。まぁ、そんな感じでなんとかやっていたんですけど。

安田

そのお店も御徒町ですか? 専任の職人さんを雇って、「宝石の修理承ります!」みたいにやっていた?

望月

ああ、いえいえ、店舗を構えるほどの資金はなかったので、御徒町の職人さんの事務所に頭を下げて、その一部を間借りさせてもらって。

安田

ああ、なるほど。今で言うところの「シェアオフィス」みたいだ(笑)。

望月

そうですそうです。そうやってなんとか事務所スペースを確保して、あとは外回りの営業をしまくってました。

安田

その事業は上手くいったんですか?

望月

ニーズ自体はけっこうあったんですよね。それで喜んで宝石を引き取ってきて修理するんですが……ただね、その時のお客さんって一般の方じゃなく、御徒町の宝石業者さんなわけですよ。

安田

ああ、一般の方じゃなく宝石業者さんに対して営業していたんですね。つまりBtoBだ。

望月

そういうことです。で、彼らは宝石のプロなので、当然目が肥えているわけです。修理を終えて商品を持っていくと、「ちょっと、ここに傷があるからお金は払えないよ」なんて言われて。

安田

うわぁ、それはなかなか厳しい世界ですね。

望月

ええ。そんなことが日常茶飯事だったので、1年、2年やっていても全然儲からないわけですよ。そんな時に知り合いの社長が「貴金属の買取ってやつを一緒にやらないか」と声をかけて来て、当時は訳も分からず「それ、面白そうですね!」と。

安田

ほう。それでその話に飛びついたと。

望月

まぁそうですね(笑)。当時は今と違って「貴金属の買取業」みたいな商売はまだ珍しくて、ビジネスとしても面白いなと思ったので始めました。

安田

どんな場所で買い取りするんです? 大型スーパーや商業施設ですかね?

望月

そうですそうです。スーパーの軒先にブースを作って、ノボリを立てて。それで「指輪や金、買い取ります!」ってビラを撒きながら集客して。

安田

つまり今度はBtoCってことですね。一般の方から宝石や金を買い取って、それを地金屋さんに売るわけだ。でも、そんなにうまくいきますかね。売ってくれる人自体があんまりいない気もするんですけど。

望月

それがね、いっぱい来てくれて。あるスーパーでブースを作ったら、朝からお客さんが殺到しちゃったんです。ズラーッと長蛇の列ができていて、もうトイレに行く隙がないくらい買い取りしまくって(笑)。

安田

すごいですね! 大儲けじゃないですか(笑)。

望月

ありがたいことに、その時は本当に儲かりました(笑)。

安田

ちなみにそちらの事業の利益率はどれくらいだったんですか? 卸の時は15~20%くらいでしたけど。

望月

3割くらいでしたかね。割合で言えば卸とそこまで違わないんですが、取扱量がとにかく多かったので、利益額としてはかなり大きかったんです。しかもこれ、完全な現金商売でしょう? 手形取引に慣れていた私たちにとって、現場で利益が確定するのがどれほど嬉しかったことか……

安田

ん? でも、買い取りの現場だとむしろ望月さん側が現金を払うわけでしょう? むしろ卸よりもリスキーなんじゃ。

望月

ああ、確かにそうなんですが、買い取った商品を地金屋さんに持っていけば、即日現金化できたので。

安田

ははぁ、なるほど。つまり買い取り成功=現金獲得みたいな感覚だったと。

望月

まさにそういうことです。そのまま2、3年ぐらい本当に儲けさせていただきました。ただね、こんな「うまい商売」が放っておかれるはずもなく、あっという間に同じ商売を始める人が増えて。

安田

そりゃ儲かると分かればみんな飛びつきますよ(笑)。

望月

そうですよね。で、その頃にたまたま青森の五所川原へ出張に行ったんです。のんびりとした田舎なんですけど、スーパーに行ったら、「金買い取ります」って看板を出してる店があって。

安田

ああ、そんな田舎にまで浸透してしまっていたと(笑)。

望月

そうそう。それを見て「もうこの商売は終わったな」と(笑)。次に何をしようかなと考えた時に思いついたのが、toBではなくtoCの修理・リフォーム事業だったんですよね。

安田

おお……それがもしかして……

望月

はい。これが「Refine」のスタートです。

安田

ついに!(笑)。

望月

長いお話におつきあ頂きまして、すみません(笑)。

安田

いえいえ、とんでもない。では次回からはその「Refine」について深堀りさせて下さい。

 


対談している二人

望月 信吾(もちづき しんご)
ジュエリー工房リファイン 代表

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25歳で証券会社を退社後、父親の経営する宝石の卸会社に入るが3年後に倒産。その後独立するもすぐに700万円の不渡り手形を受け路頭に迷う。一念発起して2009年に大塚にジュエリー工房リファインをオープンして現在3店舗を運営。<お客様の「大切価値」を尊重し、地元に密着したプロのサービスを提供したい>がモットー。この素晴らしい仕事に共感してくれる人とつながり仕事の輪を広げていきたいと現在パートナー募集中。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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