経営者のための映画講座 第59作『ラブ&ポップ』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『ラブ&ポップ』が教えてくれる最先端の走り方。

『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』などの作品で、いまやオタク映画の救世主とも言える 庵野秀明。その庵野監督の実写映画進出第一回作品が1998年に公開された『ラブ&ポップ』だっ た。
原作は村上龍。当時、村上龍は村上春樹とともにダブル村上と呼ばれ、純文学界のスターだっ た。村上龍が書き綴ってきた作品群を改めて今読むと、見事に古い。その理由は彼が常にその時 代の先端を走っていたからだと思う。当時の風俗を見事に取り入れ、その時代の空気を自在に取 り入れていたからこそ、ほんの数年時間が経過するだけで、見事に古びてしまう。だからこそ、当 時の若者は僕も含めて、村上龍の作品に夢中になったのだ。
『エヴァンゲリオン』というアニメ作品で名を成した庵野秀明が、『ラブ&ポップ』を実写映画化 すると聞いたときには、誰もが意外な気持ちを抱いたことだろう。しかし、公開からすでに20年 以上を経たこの作品を見るとき、庵野監督自身もきちんと時代の最先端を走っていたのだという ことを思い知らされる。
ブルセラという言葉がマスメディアで語られ、女子高生たちが、女子高生であるというブランドを 売り物にして都会を闊歩していた時代の物語だ。デパートの宝石売り場で見つけたトパーズの指輪 に一目惚れした女子高生の主人公は、どうしてもその日のうちに指輪を手に入れたいと思い詰め る。だって、明日になれば欲しく無くなるかもしれないし、欲しく無くなる自分のことなんて想 像したくないから。いま、目の前にあるトパーズがほしいという気持ちは、いましかないかもし れない。
それは物欲とも違うその刹那の恋愛に近いものかもしれない。そして、その「今しかない」とい う気持ちが彼女を援助交際へと後押しする。彼女を連れてレンタルビデオ屋へ行き、自分を見下し ていると思い込んでいる店員たちの前で彼女と腕を組む男。ホテルへ連れ込みながら、自分を大 切にしろと説教する男。そんな、大人たちをすり抜けながら女子高生はまるで人生を駆け抜けた ように1日で気持ちを老成させる。
撮影手法は「シン・ゴジラ』を彷彿とさせる自由さだ。ハンディカムを多用したデジタルシネマを 35mmにブローアップしたチープな画面は刹那の愛を求める人々を活写するのに最適だったのか もしれない。
時代の先を読みながら、と多くの経営者はホームページのご挨拶のパートに書き綴る。時代の先 を読みながら顧客のニーズに応え、と、言っている時点で、すでに時代は先に行っている。本気で やるなら、顧客なんて関係ない。自分が好きなものにのめり込むのみだ。それが魅力的なら、誰 かが恐る恐る付いてくる。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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