経営者のための映画講座 第52作『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

原発ジプシーとじゃぱゆきさんの狭間に消えた経済大国ニッポン。

森崎東監督が1985年に送り出した喜劇映画。世の中はまさにバブル前夜。世界中に面白いことが満ちていて、誰もがこれから先、給料が下がることがあるなんて思ってもしない。金がなきゃ楽しめないが、誰でもそこそこ金儲けができそうな予感に満ちていた。つまり、世の中全体のタガが外れようとしていたわけだ。

低予算のアート映画を配給していたATGも役割を終えようとしていた。もう、世の中は人のちまちました悩みを映画にして、一緒に悩もうなんてことを思わなくなっていたのだ。それに、低予算映画なんて作らなくても企業とタイアップすれば映画監督じゃなくても映画が撮れる時代がやってきていたのだ。

そんなATGの末期に森崎東監督の『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』は公開された。主演は倍賞美津子。原発ジプシーと言われる食いっぱぐれが集まる原発の町が舞台となり悲喜交々の人間模様が描かれる。

被曝して死ぬかもしれないと思いつつも、原発で働くことしかできない原発ジプシーの男・宮里(原田芳雄)とその恋人のヌードダンサー、バーバラ(倍賞美津子)。旅回りのバーバラはたまにしか会えない野呂に出会うと欲情に溺れるように肌を重ねる。その真っ最中に「会いたいよう、会いたいよう」と懇願するバーバラと「会っとるじゃないの会っとるじゃないの」と抱き締める野呂の関係がどうしようもなくせつない。

この2人の関係を通して原発の理不尽さが浮かび上がり、さらにそこに暴力団の影がちらついてくる。さらに当時社会問題にもなった東南アジアから出稼ぎに来ている「じゃぱゆき」と呼ばれた女たちが絡むことで、喜劇のはずの映画が日本の傷口のかさぶたをはがし傷の奥深くを見せ始めて、見ている者たちを黙り込ませる。

バブルもすっかり弾け、終身雇用が崩壊し、社会が分断され、日本が経済大国であったことさえ知らなかった世代が増えている今になってこの映画を観ていると少し複雑な気持ちになる。まだ、世の中の毒や悪が表だって見えていた時代は終わりを告げたのだという気持ちになる。強面の政治家もいなくなり、優しい笑顔で平気で嘘をつく人たちでいっぱいだ。すぐそこいる優しい娼婦にお金を払うことは非難されるが、マッチングアプリで見ず知らずの得体の知らない異性に会うことは当たり前の世の中だ。

そんな世の中で会社であれボランティアであれ、組織を組むということはどういうことなのだろう。せめて、会いたい相手には「会いたいよう」と素直に伝えられる一番小さな人間関係だけは持っておかないと、いろんなものを見失いそうだ。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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