このコラムについて
経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。
『友だちのうちはどこ?』に見る適材適所の作り方。
イラン映画を世界に知らしめた存在と言えば、アッバス・キアロスタミ監督だろう。特に1993年に公開された『友だちのうちはどこ?』はアートシアター系の映画としては異例のヒットを記録した。小学生の男の子が遠くの村に住む同級生のもとへ、ノートを返しに行く。ただそれだけのシンプルなストーリーだからこそ、初めてイランの映画を見る日本の観客にも広く受け入れられたのだと思う。キアロスタミはこの一作でアート系映画のスターになった。
さらにこの映画が注目されたのには理由があった。それはプロの俳優を使わずに撮られた映画だったからだ。イランの小さな村で、そこに住むモハマッド君を主人公に据えて、お母さんにお母さん役をやってもらって、道行く村人に村人役をやってもらう。しかも、ちゃんとセリフがあって演技をしてもらわないといけない。つまり、ドキュメンタリーではなくあくまでも一般の人々を使ったドラマなのだった。
それなのに、『友だちのうちはどこ?』は驚くほど自然な演技を引き出していて、彼らのなかにある暮らしを映画の中に引っ張り出すことに成功していた。よく仕事をするときに、適材適所がいいと言われる。優れた経営者はやる気なく腐っている社員を少し配置換えするだけで、見違えるほどの意欲を引き出してみせる。それはそれですごいのだが、キアロスタミという現場の責任者は配置換えをあまりしなかったらしい。一度、この役と決めた人とよく話し合い、時間をともに過ごすことで演技を引き出していく。
どちらがいいのか、という話ではない。配置換えをすることで意欲が引き出せるなら、それにこしたことはない。しかし、そこでさらに意欲をなくしたら、もう一度配置換えを余儀なくされることがないとは言えない。その点、その人から意欲や能力を引き出していけるなら、本人を強くすると言う意味でも、組織全体を強くするという意味でもより良い結果が出そうな気がするのである。
『友だちのうちはどこ?』で世界の注目を浴びたあと、『桜桃の味』『そして人生はつづく』など、現地の人々を役者として起用した作品群でキアロスタミ監督は世界の巨匠へと登りつめていく。ただ、巨匠となったあと、有名俳優を起用した作品も撮り始めるのだが、そこから先、いささか精彩を欠きはじめたことは否めない。
著者について
植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。