その133「名字というギフトを活かせ」

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なぜこんなツマラナイものにこだわるのだろう。そういう「ちょっと変わった人」っていますよね。市川さんはまさにそういう人。でもそういう人が今の時代にはとても大事。なぜなら一見ビジネスになんの関係もなさそうな、絶対にお金にならなそうなものが、価値を生み出す時代だから。凝り固まった自分の頭をほぐすために、ぜひ一度(騙されたと思って)市川ワールドへ足を踏み入れてみてください。

「名字というギフトを活かせ」

僕、膝の調子が悪いのもあって、少し前から整体に通い出したんです。
僕の身体を診た先生が、「酷いですねぇ(ボソッ)・・・過去に大きな事故にあったことありますか?」と真顔で尋ねてきたんですよね。
首も背中も信じられないくらい、ガチガチで可動域もなくて、こんな人いるんだ!?と驚いたのだとか。
確かに自転車に乗っていて、後方確認とか首が回らずにできませんからね(涙)・・・プロが驚くほどの状態だったとは。

実は、その整体院ですが、ちょっとした勘違い!?がきっかけで出会いました。
Googleで検索していたときに、某有名スポーツメーカーの名前を冠した「◯◯スポーツ整体」という整体院を見つけたのです。
一瞬、「あれ?あのメーカー、整体とかもやっているの!?」って興味を持ち、クリックしました。
もちろん、そうではありませんし、僕もそんなことにはすぐに気づきます。
でも、勝手にそんな大手スポーツメーカーの名前を使って良いのか?ってことなんですが・・・
実はそのメーカーの名前は、院長の名字と同じなんだからしょうがないんですよねw
つまり、僕がイチカワ整体とかって名乗っているのと同じで、「自分の名字を掲げて何が悪いんだ!」ってことです。
いやぁ、上手いことやりますよね。
名字を最大限活かして、集客しているわけですから。

名字と言えば、自動車メーカーのホンダ、トヨタ、スズキなんかも創業者の名字ですよね。
これらの名字を持って生まれた方は日本に大勢いますが、この名字が持った印象を最大限に活かすために自動車関連を匂わせる業種で起業するのが良いかも知れませんね。
例えば、ホンダ電装開発、ホンダモビリティパーツとか。
「もしかして、あのホンダと関係があるのですか?」と聞かれて、「いやぁ、そう思われるかなと思って、社名に私の名字のホンダを使いましたw」と種明かしすることになりますけども。
それはそれで、興味持たれて良いと思うんですよね。

実際のところ、提供する製品やサービスが良ければ、出会いはどうあれ大きな問題になりませんよね。
僕が行っている整体も不満はありませんから、「インチキだ!」「紛らわしい!」「騙された!」のような感情は生まれませんし。

製品やサービスに自信があれば、多少強引な方法であっても出会いを創出することに尽力していくのが良いのかも知れませんね。
そのためにわざわざ名字を変えるのも難しいのですが・・・
名字を変えるには、裁判所から変更許可をもらう必要がありますからね、名字は持って生まれた才能や運の類と言えますね。まさにご先祖様からのギフト。
そう言えば、知り合いの経営者で、芸名の様に名前を変えて使っている方がいますが、彼の事業内容と絶妙にリンクしていて、かなり強烈なインパクトがあるんです。
社名だけじゃなくて、個人名をこんな風にペンネームや源氏名感覚で使い分けるのは面白いかもしれませんよね。

 

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著者/市川 厚(いちかわ あつし)

株式会社ライオンハート 代表取締役会長
https://www.lionheart.co.jp/

LH&creatives Inc.(フィリピン法人) CEO
https://lionheart.asia/

<経歴>
三重県の陶芸家の家に生まれる。
(僕が継がなかったので、父の代で終焉を迎えることになる…)
大学時代、遅めの中二病を発症。経済学部に入ったのに、何を思ったか「ファッションデザイナーになるんや!」と思い立ち、大学を中退。アパレル企業に就職。
ところが、現実は甘くなく、全く使えない僕に業を煮やした社長から、「Webサイト作れないとクビだからな!」と言われ、泣く(T_T)パソコンの電源の付け方も知らなかったけど、気合でWebサイト制作を習得。しかし、実際のところは、言い訳ばかりで全く成長できず・・・怒られて、毎日泣く(T_T)そんな頃、「デザインにも色々ある」と改めて気づいて、広告業界へ転職、広告制作会社のデザイナーとしてのキャリアをスタート。
「今度は言い訳をしない!」と決めて仕事に没頭し、四六時中仕事していたら、黒目がめくれ上がってきて、眼科医から「失明するよ」と言われ、ビビる。2004年勤務先で出会った同僚や友人を誘って起業、有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。ところが、創業メンバーとあっさり分裂、人間不信に。残ったメンバーと再スタート。
2014年、設立10周年を機に、創業メンバーで唯一残っていた人間を日本法人の社長にし、自身は会長になり動きやすい状態を創る。この頃からブランディングエージェンシーを名乗り始める。
2016年、フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。設立準備期間から家族とともに移り住み、フィリピンで3年半を過ごす。
フィリピン人マネジメントを通して、猜疑心の塊になり、性悪説に変わる。
2019年6月、日本に帰国し、日本法人のマネジメントに復帰。社内コミュニケーションを充実させるために席替えしたり、誰も掃除しない椅子をきれいにしたり、「眠いときはしゃべった方が良いよねッ」ってスタッフに話しかけながら仕事をするなど、独自のインナー・ブランディングの理論を実験していたところ、会社の調子が上がった。そもそもブランディングってなんだ?と思っていたところに、BFIの安田さんと出会い、勝手にご縁を感じてコンサルを受けてみる。そしたら安田さんに誘われ、2020年、anote konoteに参加することに。

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