経営者のための映画講座 第63作『大阪物語』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『大阪物語』に見る仕事と人生の重ね方。

犬童一心が脚本を書き、市川準が監督をした『大阪物語』は1999年に公開された。いま思えば、まだ多くの人々が「いつ景気は戻るんだろう」と楽観的に構え、この先に起こる9.11テロに象徴される分断された世界を予想していなかった時期だったような気がする。

この作品は大阪の下町に生きる人々を描いた作品で、主に芸人の世界とその家族が物語の中心に据えられている。

主人公は売れない漫才師夫婦の間に生まれた中学生の女の子・若菜(池脇千鶴)。お父ちゃんとお母ちゃん(実際の夫婦である沢田研二と田中裕子が演じている)の漫才コンビ「はるみ&りゅうすけ」が好きで、時折り近所の公園で子供たちに自作の漫才を披露したりもしている。

しかし、売れていないというのは芸人の世界では厳しいことで、友だちからもからかわれ、辛い思いもしていたりする。そんなある日、ミヤコ蝶々扮するお好み焼き屋のおばちゃんは若菜に言う。

「あんたらのお父ちゃんお母ちゃんは、笑われてるんやない。笑わせてるんやで」と。この言葉の違いが中学生にどこまで伝わるのかはわからない。わからないけれど、大人がそう言ってあげることがどれだけ大切なことか、ということはわかる。人はその時にわからなくても、何かを伝えようとする言葉を心に留めておくことができるのだ。そして、それが数日後だったり数年後だったり、はたまた数十年後に、はたと降りてくるのだ。

実際、この映画の主人公はそこで気持ちを立て直す。しかし、それですべてが解決するわけではない。解決はしないのだが、視野が広がる。そして、広がった視野で見る世界は、今までよりも少し自由で少し哀しい。かわし方を覚えるかわりに物わかりが良くなって、様々な悲しみを受け入れていくことも覚えていく。

この映画は、芸人の生き様を描いたものであり、ある意味、芸人の終わりを描いた映画でもある。しかし、それ以上に仕事と人生の重ね方を描いた映画だということができるだろう。漫才師の笑いが喜びと悲しみの果てに生まれてくるのだということを若菜は少しずつ理解していく。そして、自分自身のなかにも人を愛する喜びと悲しみを宿しつつ、彼女は不器用にしか生きられない両親を親としても芸人としても受け入れていくのである。

自分の人生と仕事を正直に重ね合わせることが出来るかどうか。最近、多くの人がそんなことを考え始めているような気がする。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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