第113回 猛暑が変える、日本の「家と庭」の新常識

この対談について

庭師でもない。外構屋でもない。京都の老舗での修業を経て、現在は「家に着せる衣服の仕立屋さん(ガーメントデザイナー)」として活動する中島さん。そんな中島さんに「造園とガーメントの違い」「劣化する庭と成長する庭」「庭づくりにおすすめの石材・花・木」「そもそもなぜ庭が必要なのか」といった幅広い話をお聞きしていきます。

第113回 猛暑が変える、日本の「家と庭」の新常識

安田

夏の暑さが年々異常さを増していますよね。その影響でこれまで敬遠されがちだった「北向きの住宅」の人気が急上昇しているとか。


中島

はい、現場で仕事をしていてもそれは感じます。それに最近の異常な暑さは、植物たちの生態系にも大きな影響を及ぼしているんです。人気の高いアオダモという木があるんですが、私の自宅でも、この暑さのせいで10月のはじめには葉を落としてしまって。

安田

そうなんですか。まだ落葉にはずいぶん早いですよね。


中島

そうなんです。本来は秋の終わりごろから落葉が始まるんですが、木が暑さに耐えきれずに自ら葉をふるい落としてしまっている。それぐらい今年の夏は木にとっても厳しかったということでしょう。

安田

そういえば、うちのベランダで育てている桜の木も妙なことになってまして。一度夏に葉が全部落ちたのに、しばらくしてまた新しい葉が生えてきて、今また青々としているんです。これも暑さの影響なんでしょうか?


中島

そうだと思います。植物が本来持つ季節の感覚が、暑さで狂ってしまっているんでしょう。春に咲くはずの花が秋に咲いてしまう「狂い咲き」も、最近では珍しくなくなりましたし。

安田

なるほどなぁ。人間もおかしくなってしまいそうな暑さですもんね。植物がおかしくなっても不思議じゃない。


中島

そうですね。近年の猛暑は暮らしや健康を脅かすレベルですから。家づくりや庭づくりにおける「快適さ」の基準も、大きく変わってきていると感じます。

安田

以前のお話で中島さんが「昔は南向きの庭が常識だったけど、今は変わってきた」と仰っていたのを思い出しました。その時は斬新に聞こえましたが、いよいよそれが当たり前になる時代が来たのかなと。


中島

そうかもしれません。ちなみに最近は軒(のき)がほとんど出ていない、箱のようなデザインの家が非常に人気なんですが、こういった箱型住宅と猛暑は相性が悪いんですよ。

安田

ほう、それはどうして?


中島

家の中で最も熱が出入りするのは、やはり窓なんです。特に夏場の高い位置からの強烈な日差しを防ぐのに、昔ながらの深い軒は非常に効果的でした。でもその軒がないと、南向きの大きな窓から容赦なく日光が入り込んで、室温を急上昇させてしまう。

安田

ああ、そうか。日光を遮るものがないわけですね。


中島

そうなんです。結果、一日中エアコンに頼らざるを得ない状況が生まれてしまう。デザインを優先した結果、住み心地の悪い家になってしまうという本末転倒が起こっていて。

安田

ふ〜む、だからこそ、直射日光が入りにくい北向きの住宅が見直されていると。


中島

そういうこともあるんだと思います。これから快適な暮らしを実現するなら、むしろ積極的に北向きを検討する方がいいとさえ思います。

安田

は〜、そこまで。でもそうか、ここまでの猛暑となると、庭の植物にとってもその方が良いわけですね。

中島

そうですね。そもそも植物の多くは、強すぎる日差し、特に西日を嫌うんです。西日によって葉が焼けたり、色が褪せたりしてしまうこともあるので。むしろ北側の柔らかな光が当たる場所の方が、生き生きと綺麗に育つ植物は多いんです。

安田

そうなんですか! てっきり日当たりが悪い北側は、植物が育ちにくいものだとばかり思ってました。


中島

もちろん芝生のように、強い光を好む植物もあるので、一概には言えないんですけどね。北側で芝生を育てようとすると、日照不足と湿気で苔が生えてきてしまう。まぁ苔は苔の美しさがありますから、それも好みの問題ではあるのですが。

安田

なるほどなぁ。ともあれいわゆる「一面芝生の庭」みたいなスタイルにこだわらないのであれば、北向きの庭はデメリットどころか、むしろメリットの方が多いと。


中島

そう思いますね。南側の庭のように「日差しが強すぎて枯れてしまうかも」という心配が少ないので。実は植物選びの自由度が高いので、我々作り手としてもやりがいがあったりして。

安田

ああ、そういう側面もあるわけですね。それにしても、猛暑というネガティブな要因が家と庭に対する固定観念を壊し、新しい価値観を生み出すきっかけになっている。そう考えると、なんだか希望が湧いてきます。


中島

確かに、こういうことでもなければなかなか変化が起きないですからね。これまでの常識に捉われず、それぞれの土地の特性を活かすこと。それがこれからの時代に求められる家と庭のあり方なのかもしれません。

 


対談している二人

中島 秀章(なかしま ひであき)
direct nagomi 株式会社 代表取締役

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高校卒業後、庭師を目指し庭の歴史の深い京都(株)植芳造園に入社(1996年)。3年後茨城支店へ転勤。2002・2003年、「茨城社長TVチャンピオン」にガーデニング王2連覇のアシスタントとして出場。2003年会社下請けとして独立。2011年に岐阜に戻り2022年direct nagomi(株)設立。現在に至る。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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