
30代、会社員、システムエンジニアの方からご質問をいただいております。最近、忙しさにかまけて?なまけて?拝聴できていなかったですが、本棚にある安田さんの『自分を磨く働き方』の本を読み直したことから、また聴き始めました(考えさせられるいい本ですね)。これからも拝聴を楽しみにしております。さて本題ですが、ギブすることへの気持ちの持ち方について質問させてください。「ギブしたらそのうち返ってくる」というのは非常に理解できることなのですが、「あいつには昔やさしくしたのにな」とか「あの人のために頑張ったんだけどな」と思っていても、その人に「裏切られた」とか、「自分は利用されただけだったのか」と思うことが多々あります。私がおそらくHSP(ハイリーセンシティブパーソン)、簡単に言えば「繊細さん」、よく言えば感受性が豊かな気質なのかもしれませんが、「ギブをしても自分がつらくなるのならば、やらないほうがいいのかも」と思ってしまうこともあります。器の大きなお三方に質問です。安田さん、栃尾さん、金子さん、どうしたらこれからも躊躇なくギブをし続けられるのか、気持ちの持ちようについて教えていただけないでしょうか。という質問でございます。

いえいえいえ(笑)。その定義がね、だから、「こんなときこそ」っていう言葉を本当にこんなときに使う人と、なんでもないときに使う人がいて、僕は「なんでもないときに使ったほうがいいんじゃないのかな」と思う主義なんですよね。

中1で、みんなでグラウンドを走らされたんですけどね、いちばん最後の人はもう1周走らないといけないんですね。で、僕ともう1人いたんですよ。それ、負けたらもう1周走らないといけないんでね。で、彼が途中でへばって、私はなんとかドベを脱しそうになったんですけど、彼を立たせて「2人でもう1周走ろう」ということで起こしたんですよ。

という話を僕はアメリカで会った日本人の尊敬する先輩にしたときに、「いや違う。それは君が休みたかっただけだ」って言われて、「君がゆっくり歩きたかったんだ」と言われて、「たしかにそうかもしれんなぁ」なんて思って。

ね。「ギブをしても自分がつらくなるんだったら、やらないほうがいいんじゃないかも」と。昔の、なんの話か忘れましたけど、「絶対うしろを振り返っちゃいけない」みたいなので振り返る話とか、よくあるじゃないですか。

どう思いますか?「お三方」って書いてあるんで、一応われわれは『ギブの実験室』なるものをやってますけれども、最近ギブの実験室をやってて、ある参加者の方に言われたんですよ。「結局、あそこはギブするのが好きな人が集まってて、みんなギブばっかりするんで、ギブしてほしい人が足らなすぎる」と。

「テイカーをよこせ」と。だから、新しい人が入ってきたら、みんなでうれしくなって寄ってたかってギブするんだけど、「『ギブしてくれ』っていう人が少なすぎる」なんて言われたんで、まあ、そういう人がいるっていうのもいいのかもしれませんね。
*本ぺージは、2020年5月27日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。音声はこちらから
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