
そもそも物と物を交換する手段だったのに、肉と魚を交換してたところにお金ができて、まあ便利にはなったんですけど、肉が100円の価値があって、魚が100円の価値があって、100円硬貨があるとすると、価値があるのは肉と魚でしょ?

本当に価値のあるものは時間とともになくなるのに、お金だけがどんどん増えていくから、だからお金持ちはどんどん金利で、本当は価値がないはずのものが増えていって、現場で農業をやってるとか物をつくってるとかっていう、本当に必要な仕事をやってる人が貧乏になっていっちゃうんじゃないか、とかを考えたことがあるんですね。

でも、そんなに単純なのかなあ、なんて思ったりして。格差が何で生まれるかっていうと、生まれもった運、もともと金持ちの家だとか、能力が高く生まれたからとか、「やっぱり運だから、そこは公平に再分配しないといけないよね」とか、もしくは「金持ちばっかり優遇してる政治家が悪い」とかってね、よく書いてあるじゃないですか、ネットニュース読んでると。

はい。狩猟してるときにはそういうのはなかったけど、土地の大きさによって得られるものが変わってきて、そこを守らないといけなくなってきて、そのために兵隊を雇い……みたいなことで、全体を束ねる人が豊かになっていった、みたいな。

つまり、ランダムにすればみんな平等になるわけじゃなくて、まあ、だから結局「運」みたいなことですね。運がどっか富を集中させるっていうか、そういうふうに思ってます。だから、「何か自然にしといたら、みんなフラットになる」みたいなシステムはないんじゃないかなって思ってますけど。

なので、何回やり直してもぜったいその格差は、多少は入れ替わりはあると思いますけど、やっぱり何回やり直しても金持ちになる人はそっちの方向に、頂点にまで行かないまでもそっちに向かっていくし、ならない人はならない方向に向かっていくっていうことが起こる。

たとえば「ちょっとサイコパスっぽい人が経営に向いてる」とか言うじゃないですか。感情を入れないから向いてるとか言われることがあると思うんですけど、そういうのは、いまは成功するかもしれないですけど、昔だったら“つまはじき”にされて社会的に生きていけないとか、そういうことが起こるんじゃないかなと思って、結構時代によって成功者は変わるような気がしてるんですけどね。

だけど、どの時代にも、その時代に成功するにはどうしたらいいかっていうルールみたいなのがあって、それをきっちり考えて、やっぱり勝つべくして勝つ人は、どの時代でも勝っていくんだろうなって気はしますね。

富の中でも、これは僕の個人的な意見ですけど、「高級なバッグ持ってる」とか「ポルシェ乗ってる」みたいなところは、能力によって偏るのはしょうがないと思うんですけど、衣食住と、あとは医療と学問とっていう、この5つだけはある程度平等に、能力高い人だから医療を受けれるとか、教育を受けれるとか、食べれるとかっていうところは、やっぱりどう考えてもしんどいというか、破綻に向かったシステムな気がしてるんで。

その上で、それ以外の格差が出る分には、もう、それはしょうがないのかなって感じがします。あとは欲しければ頑張りゃいいし、「それさえ満たされてれば、あとは好きなことやって生きていくよ」っていうんだったら、それでいいんじゃないのかなっていう。
*本ぺージは、2021年3月17日、ポッドキャスト「安田佳生のゲリラマーケティング」において配信された内容です。音声はこちらから
*Spotify、Google Podcasts、Apple Podcast、iTunes、Amazon Musicでも配信中!
ポッドキャスト番組「安田佳生のゲリラマーケティング」は毎週水曜日配信中。