第17回「送別会の翌日に届く内容証明」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第17回「送別会の翌日に届く内容証明」

安田

4月からもう始まったんですよね。

久野

始まりました。有給休暇の強制取得。

安田

大企業は残業規制もスタートして、中小企業は来年からでしたっけ?

久野

来年からですね。

安田

来年の4月ですか?

久野

そうです。来年の4月です。

安田

これ、なんで大企業のほうが先なんですか?有給は同じなのに。

久野

本来はいっぺんにやりたいんですよ。ただ、もともと分ける文化がある。「中小企業のほうが大変だろう」みたいな。

安田

「ちょっと猶予してあげるよ」っていう感じですか?

久野

そうです。

安田

でも、有給に関しては同時じゃないですか。これはどうしてですか?

久野

有給に関しては実質、中小企業向けなんですよ。大企業は元から取得率が高いので。

安田

なるほど。

久野

でも大企業を先行させると、中小は逆にきつくなると思うんですよね。

安田

ほう。どうしてですか?

久野

大企業って絶対法律を犯したくないので、きっちりやってくる。そうすると差がどんどん開いていく。

安田

差が広がるとまずいんですか?

久野

ホワイトとブラックの格差がさらに大きくなります

安田

なるほど。大企業は自社の社員には残業をさせられないから、「下請けにやらせとこう」という流れになると。

久野

そうです。で、大企業はどんどんホワイト化していく。

安田

中小企業は「まだ猶予あるから」ってことで受けちゃって、さらにブラック化していくと。

久野

そういうことです。

安田

でも、そんなに仕事を受けられるほど、人が採れないじゃないですか。いま。

久野

いや、もう中を見てると、とんでもないことになってますよ。特に製造業のピラミッドの下のほう。

安田

いちばん下?

久野

3段目ぐらいから大変なことになってます。要は、いちばん上が上場企業じゃないですか。で、2番手も上場企業なんですね、だいたい。

安田

まあ、そうですね。大手グループですよね。

久野

で、3番目ぐらいから従業員4・500人の中堅企業になっていくわけですけど。そのあたりからもう大変。

安田

中堅クラスでも人が採れないということですか?

久野

採れないですね。本当に採れないです。

安田

経営者さんは、何か手を打ったりしてるんですか?

久野

中堅クラスの経営者さんって結構優秀で、自動化とか標準化とかにガンガン投資してますね。ただし、儲かってる会社だけ。

安田

じゃあ、そのさらに下が、いちばんしんどい?4・5番目ぐらいが。

久野

そう思います。結局、機械化できないところが下に降りていくので。

安田

下の会社はそれを受けちゃうわけですか?

久野

はい。50人クラスの下請け企業は受けざるを得ないです。

安田

下請けも当然、人が足りてないわけですよね?

久野

実際は回ってなくて。疲弊した従業員が辞めて、労務トラブルになるケースが増えてます。

安田

そこまで行ってますか!

久野

はい。未払い残業の請求とかも最近ヤバいです。月に何件もあります。

安田

そんなに?

久野

とくにサービス業が多いですね。コンビニとか飲食店とか。

安田

辞めてから未払いの請求に来るんですか?

久野

辞めてからが多いです。

安田

じゃあ、働いてる時は文句も言わず?

久野

だって気まずいじゃないですか。だから内容証明を送っといて、社長の隣でふつうに業務してます(笑)

安田

すごい光景ですね。

久野

辞めた翌日に内容証明が届くんですよ。

安田

なんと!

久野

ある会社では、送別会やった次の日に300万円の請求が来てました。

安田

採用が大変な上に、定着もしなくて、辞めた後には未払いの請求まで。

久野

現実的には、もう成り立ってないんですよ。

安田

潰れる前に「この値段じゃ無理です」って、はっきり言うべきじゃないんですか?

久野

いまは「耐えなきゃいけない時期」かなと思ってまして。

安田

耐えなきゃいけない時期?

久野

シビアな労務管理で、いままで曖昧だったところがはっきりしてきますから。

安田

はっきりすると、どうなりますか?

久野

コストに耐えられなかった会社から、いなくなっていく。

安田

潰れてしまうと。

久野

はい。ここを耐えて残った会社が有利になります。

安田

他に発注先がなくなるからですか?

久野

そうです。「ウチしかやれないでしょ」ってなる。

安田

それってどのタイミングですか?あんまり早く強気になったら干されちゃいそうですけど。

久野

業界の同規模の会社が2割ぐらい潰れた頃。

安田

2割ぐらい減ってきたらチャンスと。

久野

そうです。それ以上耐えると自分のところが保たない。

安田

いま、物流なんかそうですもんね。「この値段じゃないと受けられません」みたいになってきてます。

久野

なってきましたね。それをこれから製造業でも起こさなきゃいけない。

安田

起きますか?

久野

どうでしょう。うまい具合に「自立させないピラミッド」になってますから。

安田

なるほど。「生かさず殺さず」みたいな。

久野

はい。あの関係性は結構大変だなと思います。

安田

1、2社の仕事先に依存してるところは、厳しいでしょうね。

久野

はい。「あっちもこっちも受けてる」っていう会社なら、2割も減れば一気にいけると思いますね。

安田

儲からないお客さんは切り捨てる覚悟で。

久野

そうなる為には、やっぱり売上構成がすごく大事。

安田

ですよね。

久野

よく「脱下請け」とかってむかし言ってたじゃないですか。

安田

はい。

久野

あの頃にちゃんとやってたところは、これから強くなるんじゃないですかね。

安田

じゃあ今のうちに、新規クライアントを増やしたほうがいいですね。

久野

1、2社に頼ってる会社は、かなり厳しいと思います。


久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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