第32回「社長以外はみんな労働者」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第32回「社長以外はみんな労働者」

安田

管理職の時間管理が厳しくなるそうですね。

久野

すでに2019年4月1日に法律が施行されています。

安田

もう施行されてるんですか?それは何という法律ですか。

久野

労働安全衛生法ですね。

安田

つまり管理職の健康のために、あまり無理させないようにってことですか。

久野

そうです。管理監督者という人がいまして。よく「課長は残業代払わなくていい」みたいなのがありますよね。

安田

ありますね。だから管理職にしちゃえみたいな。

久野

以前の考え方だと「管理監督者は時間外労働が発生しないんだから、そもそも勤怠自体を取る必要がない」みたいな感じだったんですよ。

安田

勤怠の記録自体が必要ないと。

久野

「どうせ残業代払わないんだったら計算しなくてもいい」みたいな論理ですね。だから勤怠を取らないところも多かった。

安田

管理職でも「勤怠を記録して残しなさい」ってことですか。

久野

そういうことですね。

安田

それは取締役もですか。

久野

取締役は扱いが別ですね。

安田

執行役員は?

久野

執行役員も基本的には別ですね。

安田

別なんですか?

久野

はい。

安田

でも執行役員って、法的には社員じゃないですか。

久野

厳密には取締役も執行役員も勤怠取らなくちゃいけないんです。ただ、その境目って微妙じゃないですか。

安田

何をもって役員かってことですよね。名だけ執行役員もいっぱいいますし。

久野

だから基本的には実体主義なんですよ。

安田

実体主義?

久野

たとえば取締役工場長とかは労働者性が強い。

安田

その場合はどっちになるんですか?

久野

給与部分と役員報酬を原則分けないといけないんですよ。

安田

何割が役員で何割が労働者なのか、決める必要があると。

久野

そうです。取締役工場長みたいな仕事には、役員部分と労働者部分が必ず入ってますから。

安田

「労働者としての仕事もさせてるだろ」みたいな。

久野

全額役員報酬にしてるのに、実体はどう考えても業務執行権がないとか。

安田

人事権もなく会社のお金も使えないのに形ばかり役員みたいな。

久野

労働者性が認められる場合は、時間外手当ももちろん払わなきゃいけないです。

安田

じゃあ役員でも残業代を払わなくちゃいけないケースはあるってことですね。

久野

これまでの法律では「管理監督者は除外」だったんですけど、管理監督者の要件が厳しくなったんですよ。人事権とか経営権とか。

安田

中小企業で経営権なんて、社長以外に持ってる人いないですよ。

久野

だから、ほとんど認められてないってことです。

安田

てことは、中小企業の場合は社長以外みんな労働者だと。

久野

ほぼそうですね。これまでは拡大解釈して「課長は管理監督者だから残業代は払わない」っていうスタイルだったじゃないですか。

安田

それが変わるってことですか?

久野

大企業では、もうだいぶ前から変わってきてます。有名なのは〇クドナルド事件。店長が「私は管理監督者じゃありません」って訴えて。

安田

〇クドナルドの店長が管理監督者じゃないことは見たらわかりますけど。中小企業の場合「いや、うちは、ちゃんと管理してる側だよ」って言われたら反論できない。

久野

だから人事権とか経営権とか決裁権が問われるわけです。

安田

決裁権っていうのは何ですか?会社の金で飲み食いできるってことですか。

久野

とか、業務執行権に近いですね。

安田

それがあるかどうかっていうのを、どうやって見極めるんですか。

久野

逆にいうと、あることを証明しないといけない。

安田

企業側が?

久野

はい。なので主張し合うわけですよ。「私は、こんなことも決めれなかった」「いや、こんなことを決めさせてた」って。

安田

それは裁判で?

久野

裁判の前に和解の場で。「まぁまぁまぁまぁ」「半分半分ぐらいじゃないですか」みたいな感じで落ち着くケースが多いですね。

安田

今後は中小企業の課長とか部長とか、いわゆる管理者と言われた人が労働者扱いになるよってことですか。それを覚悟しといたほうがいいと。

久野

というよりは、もともと労働者だったんですよ。今でも、むりやり管理監督者にして残業代を払ってないわけです。

安田

もうそれは許されないよと。

久野

新しい法律が出来て「管理職も含めてきっちり労働時間を測りなさい」ってことです。

安田

測ったらどうなりますか?

久野

測ってみて、初めて自分の労働時間を把握するわけですよ。今の今まで知らなかったけど、こんなに働いているのかって。

安田

結構働いてるぞと。

久野

本当はいくらもらえるのか、今までは分からなかったんですよ。計算するのも面倒くさいし。

安田

今後は簡単に計算ができると。

久野

企業側がその責任を負うので。「労働時間出してください」言われたら出さなきゃいけない。

安田

出さないとどうなりますか?

久野

内容証明などが送られてくるケースもあります。

安田

逃げられないと。

久野

一番問題になるのは辞める時ですね。「管理監督者って言われてたけど、違うんじゃないんじゃないか」みたいな話で残業代を請求される。

安田

そうなると結構莫大な。

久野

莫大な金額ですよね。一般の従業員の2倍とか支払う可能性もあります。

安田

「間違いなくあなたは管理監督者です」って証明するにはどうしたらいいんですか?

久野

たとえば年収が社長に近い金額であるとか。

安田

社長の年収が3000万で、1000万だったらどうですか?

久野

実際はケースバイケースですが、1000万だと厳しいかも。2000万とか2500万とかでないと。あるいは身内の役員と同じぐらいもらってるとか。

安田

たとえば 社長も安い場合は?

久野

「社長が年収500万だから君も500万だよ」みたいなのは駄目です。〇クドナルド事件でもそうでしたが、実際の勤務時間を時給換算すると一般従業員と変わらないというのも駄目です。

安田

駄目なんですか。

久野

駄目ですね。あと出退勤も、本人の意思に委ねられてることが条件。

安田

じゃあ、その人が朝9時に来なくても、会社としては文句が言えないと。

久野

言えないですけど、実際は出社させてるじゃないですか。たとえば工場長とか。

安田

工場長がいないと、工場動かせないですもんね。

久野

取締役工場長なんて誰よりも早く出社してますよ。

安田

もうその時点でもうダメってことですね。

久野

自主的だったらまだしも、強制的に出社させてるとダメですね。時間について制限を受けないから、残業代の対象から外してるので。


久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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